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心待ちにしてました!

Posted by Jerrio on   2 comments   0 trackback

先週、「フェルメールからのラブレター展」を観に行った帰り、四条・南座前の柱に、5月7日の僕のブログでも紹介した写真家、エリオット・アーウィットの作品展のポスターが貼ってあった。場所は、何必館(かひつかん)・京都現代美術館という、この四条通り沿いにある、こじんまりとした美術館だ。どうも今やっているらしい...知らなかった。こ、これは行くしかありません!関西であることを心待ちにしてました!とはいえ、その日はもう遅く、既に閉館した後だった。

あれから一週間。早速、昨日行ってきた。「一瞬の劇場」と題する作品展は、彼のホームページでも一部公開されていて見覚えのあるものが多かったが、先週のフェルメールとは違って、人もまばらな静かな空間で、何必館の所蔵するオリジナルプリントの中から厳選された60点ほどが、間口は狭いが縦に伸びるビルの1階から5階にかけて、整然と展示されていた

一枚の写真が、実に様々なことを感じさせてくれる。まさに「千の言葉」に値する。「深刻にならないように、深刻に取り組む」とは、彼の言葉だが、写真の横に記されている撮影年と撮影場所。それがあるだけで、写真の背景がふわーっと浮かび上がってくる。その瞬間に閉じ込められたユーモアが悲しみに変わることもある。一見した印象と、全く違った感慨が浮かび上がってきて、思いは多方向に廻る。戦後直ぐのものから最近までの、様々な年代のものが混在し、当時は撮った本人も知らなかったその後の歴史の中で、さらに付加された悲しさ、寂しさが迫ってくる作品もある。

静かな空間に並ぶ大判のモノクロ写真には、右隅にエリオット・アーウィットのサインがあり、自らの手で一枚一枚現像されたものであることがわかる。それぞれ、彼が表現したかったものが、その濃淡も含め、そのままの形で再現されているのだ。この建物の5階は、京都らしい雰囲気の日本間があり、その前に小さな吹き抜けの空間が作られているが、それらの写真たちは、とてもこの京都の雰囲気に馴染んでいた。落ち着いた空間に、落ち着いてはいるが時にはっとさせられるモノクロ写真たち。心待ちにしていた作品たちに会えて、どこかほっとした時間だった。

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さて、心待ちにしていた、といえば、今年の夏の暑い盛りの頃、タワー・レコードのワールド・ミュージックの新作コーナーで、非常に懐かしい名前のアルバムを目にし、迷わず入手した。「RED HOT + RIO 2」だ。

RED HOT + RIO 2
RED HOT + RIO 2


このアルバムは、1990年にエイズ撲滅を目指して作られたチャリティー団体、レッド・ホット・オーガニゼーションによって発表され続けている「RED HOT」シリーズというチャリティー・コンピレーション・シリーズの新作だ。「2」があるということは前作「1」があるわけで、それはちょうど15年前。当時日本でも薬害エイズ問題が世間を賑わせていた中で発売されたのだが、その豪華さと素晴らしさにはただただ脱帽し、第2弾が出ることをずっと心待ちにしていたのだった。

この名作シリーズが再びブラジル音楽をフォーカスしたわけだが、第2弾のテーマは「トロピカリア」。「トロピカリア」とは1960年代後半のブラジルの若者たちの間で沸き起こった革新運動のことで、音楽の分野でもビートルズに代表される新しい音楽の風を旧来のブラジル音楽の中に取り込み、強いメッセージ性と奇抜な衣装やパフォーマンスで一大旋風を巻き起こしたムーブメントである。中心人物は、若かりし日のカエターノ・ヴェローゾやジルベルト・ジル、ガル・コスタなどであり、それまでのブラジル音楽の壁を突き崩し発展させてきた。その音楽は今や世界レベルであり、外に向かっても様々な影響を与え続けている。

そのトロピカリアを代表する重鎮たちに混じって、熱狂的なトロピカリア・チルドレンを自認するBECKやJOHN LEGEND、さらには世界中の新世代の多彩なミュージシャンたちが参加しコラボレートすることで、ブラジル音楽の新しい「今」を体現させてくれるおもちゃ箱のような作品だ。2枚組、33曲が詰まったこのアルバムは、正直まだまだ聴きこめていないが、時にカエターノ・ヴェローゾやジルベルト・ジルの当時のアルバムを振り返りながら、感慨深く聴き進めている。


そういう中で、第1弾、1996年発売の「RED HOT + RIO」を取り出してきて聴き返してみた。あ~、よみがえってくる。当時このアルバムから、どれだけ刺激を受け、わくわくしたことか。今もその思いは消えない。古さも全く感じない。本当に奇跡的な一枚だ。

Red Hot + Rio
Red Hot + Rio


このアルバムをつくるに当たって、Red Hot Organization は、まず最初に世界中から尊敬を集めていたボサノバの立役者アントニオ・カルロス・ジョビンを訪ね、ボサノバを今の時代の音楽にリメイクしたいという意志を伝えた。同時に60年代終わりから起こったトロピカリア(この中ではトロピカリズモと書かれている)の楽曲も取上げたい旨を語り、ジョビンもそれを快諾した、という。

そういう意味では第1弾のテーマは「新時代のボサノバ」だったのかも知れない。では何故タイトルが「RED HOT + BOSSANOVA」にならなかったのか。恐らくは、たとえ旧来の様々なブラジル音楽をベースにしたとしても、目指すべき新感覚の音楽は、ジャンルを分け得ないことを示したかったのではないかと思う。

このアルバムには全18曲中ジョビンの楽曲が8曲取上げられているが、ジョビン自身もジョビンを尊敬してやまないスティングと”How Insensitive”で競演し、ジョビンのピアノ、ロン・カーターのベースで、スティング、ジョビンでのデュエットを聴かせてくれている。しかし、図らずもこの録音は、ジョビンのラストパフォーマンスになってしまった。この直後、ジョビンはアルバムの完成を待たずしてこの世を去ったのである。そういう意味では、このアルバムは、ブラジル音楽に魅せられた、あるいは関わってきたミュージシャンたちの、亡きジョビンへの思いのいっぱい詰まったアルバムになっているのだ。

しかし、その音楽は多彩で刺激的だ。
先ずはオープニング。マニー・マークはワルター・ワンダレイを彷彿とさせるオルガンサウンドを駆使して軽い今風ボッサで出迎えてくれる。続くジョビンの名曲“コルコヴァード“では、エブリシング・バット・ザ・ガールが、もうどこからどう見てもEBTG!という、チープで心躍るドラムン・ベースでの新時代ボサノバを展開する。トレイシーのクールでやさしい歌声は、なるほどボサノバにピッタリだ。う~ん、今聴いても刺激的だ。

  Link:  Corcovado / Everything But The Girl

さらにはトーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンとブラジリアン・ポップスを代表する女性シンガー、マリーザ・モンチによる“三月の水”。ステレオラブとハービー・マンによる“ワン・ノート・サンバ”。アシッド・ジャズのインコグニートがオマーとアナ・カランをフィーチャーした“おいしい水”など、ジョビンの音楽を素材に、自由で奔放な新しいボサノバが、次々と飛び出してくる。

“エ・プレシード・ペルドアール”はカエターノ・ヴェローゾとベテラン女性シンガー、セザリア・エヴォラのデュエットだ。バックは坂本龍一。ダークでスペーシーなサウンドとグルービーな打ち込みドラム、エッジの効いたシンセベースサウンドで、独特な、ゆるくたゆたう世界を作り上げている。この曲を坂本龍一とともにプロデュースしているのが、ジョビンの生前、ジョビン・バンドでチェロを弾いていたジャキス・モレレンバウム。数年後この二人は、ジョビンのトリビュート盤「CASA」を世に出す。これは僕の愛聴盤になっているが、その話を聞いた時、この曲のイメージがあったので、打ち込みでエレクトリックなアプローチのアルバムになるのだろうと思っていた。ところがふたを開けてびっくり。(この件は、昨年の9月26日の僕のブログに掲載しています。ご参照あれ!)

  Link:  E Preciso Perdoor / R.Sakamoto & C.Veloso && C.Evora

ヒップ・ホップのPMドーンやネオ・ソウルの旗手、MAXWELLも素晴らしい世界を見せてくれている。そしてトロピカリアから現在に至るまでのブラジルを代表するミュージシャン達も参加し、新しいブラジル音楽の世界を模索している。

最後は、恐らくカセット音源なのだろう、実際にこの発売の6年前、1990年にエイズに感染し32歳の若さで亡くなったブラジルの80年代を代表するロック・シンガー、カズーザの歌「愛しているといわなくちゃ」で締められている。競演は、あのジョアン・ジルベルトの娘、ベベウ・ジルベルトだ。ギターのみでリラックスして演奏される二人の音楽は、どこかほっとするようで、物悲しく響く。この時代のブラジルは中南米でも飛びぬけて、HIVの感染率が高い国だった。多くのミュージシャンが若くしてこの世を去ったという。エイズは当時から比べれば、格段に治療法も確立されているがまだまだ広がりつつある。

  Link:  Preciso dizer que te amo / Dé, Bebel e Cazuza

先日、大震災のチャリティーアルバムを紹介したが、ここまで長く継続しているチャリティーの世界もあるのだ。しかも、そこから生み出される音楽は、その枠を超えている。そのクオリティーが共感を呼び、さらに聴衆が増え、その力は威力を増す。こうした流れは今後も拡大していくのだろう。

先のエリオット・アーウィット展で入手した写真集を眺めながら、そんなことをつらつら思いつつ、CDを何度もかけなおした。以前から手元において時折眺めたいと思っていた写真集を、今回はリーズナブルな価格で入手できて満足している。しかし、これらのモノクロームの世界。意外に音楽を選ばない。色の無い分だけ、融和しやすいのだろうか。そういう世界もいいな、なんて思ったりするのも、秋を感じるせいなのかもしれない。さて、うちのボサノバたち。そろそろ衣替えをする時期なのかもね...



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Comment

MARzzz... says... ""
『深刻に成らないように、深刻に取り組む』という名言に、とっても感動しました!!
明日から、改心します(笑)。
2011.10.02 18:35 | URL | #- [edit]
Jerrio says... "★MARzzzさん"
名言ですよね。僕もちょっといいかな、と思って乗せました。
このエリオット・アーウィットという人、他にもいろいろ含蓄のある言葉を吐いてますね。
例えば、
「私の写真をもの悲しいという人もいるし、愉快だという人もいる。
 ユーモアと哀愁、同じことではないだろうか。」
なんてのも在りました。
ぜひ、明日から改心して、立派になってください(笑)
2011.10.02 22:52 | URL | #- [edit]

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