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今更ながら米原万里

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今更ながら米原万里にはまっている。立て続けに4冊読んで、ついに手持ちが無くなった。禁断症状が出る前に早急に補給しなくては...ハアハア...

訃報に接してもう9年。そんなに経った印象は無いのだが、今や日めくりのスピードが確実に加速しているので致し方ない。調べてみると2006年5月。確か日曜朝のTBSのニュース番組でそのことを知った。その少し前まで時折コメンテーターとして出演していただけに、あまりに早い死にショックを受けた。同時に、「あー、結局この人の本、読まなかったなー」という、後悔にも似た思いが胸に残ったのだった。

ロシア語の同時通訳にして文筆家でもあった米原万里は、僕よりひと回りほど年上だが、ちょっと気になる人だった。ペレストロイカからソビエト連邦の崩壊に繋がる大激動の中で、日本にもゴルバチョフやエリツィンが次々と来日したが、その通訳として側にひかえていた彼女の姿は印象的で、僕の記憶にも残っていた。それからしばらくしてテレビ番組にも出演するようになり、「魔女の館」か何かで占いでもやっていそうな雰囲気と、肝っ玉かあさんばりの包容力を感じる姿は、その冷静沈着な言葉とも相まって、なかなか魅力的だった。米原万里の本は面白い、という評判も既に聞いていたので、機会があれば読もうとずっと思っていながら、結局生前に読むことはなかった。


それからあっという間に月日は経ち、今年の春。梅田ハービス・エントの3階にある雑貨店アンジェのブックコーナーで、欧州の様々な国に関わりのあるエッセイをセレクトした特設展示に行き当たった。この店の約二千冊ある本のセレクトはなかなかいい感じなので、僕も以前からちょくちょく利用していたのだ。

欧州と言っても、さすがに英国やフランス、ドイツ関連のものが多かったが、その中の一角、ロシア本が集まっている場所で久々に「米原万里」の名前を見かけた。目に付いたのは、表紙にマトリョーシカをあしらった「ロシアは今日も荒れ模様」という文庫本で、ほかにも数冊あったが、まずは手にとってぱらぱらと中身を確かめ、とりあえずこの一冊を読んでみようと、レジに向かった。

ロシアは今日も荒れ模様 (講談社文庫)
米原 万里
4062730804


実際に読み始めるまでにはさらに時間がかかったが、このエッセイが抜群に面白い。内容は、ロシア語通訳・米原万里によるロシアとロシア人にまつわるエピソードをベースにした爆笑エッセイなのだが、仕事柄たくさんのロシア人と付き合い、ロシアの地にも数多く訪れた経験を持つ彼女の言葉は、僕の持っているロシア人のイメージを軽々と覆した。

彼女自身があとがきにも書いている、次の一文が全てを物語っている。
「ロシアとロシア人は退屈しない。おしなべて人懐っこい上に、人種的偏見が少ない。生のままの自分をさらけ出したまま、直接相手の魂に語りかけてくるような気取らないタイプが多い。大人のたしなみとしてひとり平均500話ぐらいの小咄の蓄えを持っていて、たえず更新しているから、歩く話題とユーモアの宝庫みたいな人種である。(中略)それに、奇人変人の含有率がかなり高い国ではないか。」

そして何より、ソビエト連邦の崩壊という歴史的な大転換期の中、たくさんの要人に請われ多くの時間を共にすることで得られた彼女自身の視点は、貴重な時代の証言にもなっている。特にゴルバチョフとエリツィンに対する人物評は、彼女の経験でしか得られない目からうろこの内容だったし、世界的なチェリストであるロストロポーヴィッチがいかに愛すべき人物であったかなど、実に興味深い記述が満載だ。一方で、軽妙な語り口と、こんなこと言ってしまっていいの?と思うような内容にもズバッと切り込む大胆さ。さらには、不意に現れる決して下品でない下ネタ(彼女の下ネタ好きは有名だが)にも惑わされ、あれよあれよという間に読み終わるのである。

「ロシアは今日も荒れ模様」の後、彼女の処女作にして読売文学賞を受賞した通訳論、「不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か」を、3冊目は、彼女が亡くなった直後に上梓された、それまでに様々なところで発表された短文を集めたエッセイ集「心臓に毛が生えている理由」を読んだ。まずは最初と最後を押さえたい、と思ったのだ。

不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か (新潮文庫)
米原 万里
4101465215


心臓に毛が生えている理由 (角川文庫)
米原 万里
4043944365


この3冊を読んだ段階で、すぐにでも読みたい一冊が生まれた。2001年の大宅壮一ノンフィクション大賞をとった「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」だ。この本は米原万里が9歳から14歳までの5年間、チェコスロバキアの首都プラハにあった外国共産党幹部子弟専用のソビエト大使館付属学校で共に過ごし、その後音信不通になった3人の級友(ギリシャ人のリッツァ、ルーマニア人のアーニャ、ユーゴスラビア人のヤースナ)の消息を、ソビエト連邦崩壊後の1996年に捜索し再会した記録である。

嘘つきアーニャの真っ赤な真実<嘘つきアーニャの真っ赤な真実> (角川文庫)
米原 万里 長尾 敦子
B009JQZM4U


彼女のエッセイを読んでいると、色々なところにこの子供時代を過ごしたソビエト学校の話や、その時代の友人達の話が出てくる。彼女の原点はこの5年間に詰まっているのではないかと思えてくる。そして、3冊目に読んだ「心臓に毛が生えている理由」の中には、「『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』を書いた理由」という短文もある。さらには、ドイツ文学者の池内紀との対談や、最後に解説文を寄せている池澤夏樹の文章の中にも、この本に関する記述があるのだ。

この本が書かれる5年前に、米原万里のもとに、テレビマンユニオンの女性プロデューサーからNHKの「世界・わが心の旅」という番組の旅人になって欲しいと依頼が入った。彼女はソビエト学校時代の親友で、今は音信不通になってしまった3人の友人に会いたいと思い、あまり期待はせず、彼女のもとにあった3人に関する情報を全て手渡す。そして、テレビ番組の中で実際に3人の友人を捜索し、再会を果たすのだ。その過程は、推理小説のようでスリリングだ。3人は個々に様々な事情を抱えていたが、この時代の大きな転換期に、それぞれに国や民族に対する複雑な思いを抱えながら生きてきた姿を描き出している。

テレビ番組はそれで終わっているようだが、その文章によると、実際には子供時代にいっぱしの愛国者だったルーマニア人のアーニャの変節を、出来上がったテレビ番組を見た二人の友人は「胸くそ悪くてアーニャの発言のところでスイッチを切ったわ」とまで言ったという。

「どうして二人の優秀なテレビウーマンが納得し、多くの日本人視聴者が感動したアーニャの発言に、わたしや他の級友たちが欺瞞と偽善の臭いをかぎ取ったのか、そこに、日本人の考えるグローバル化と本来の国際化のあいだの大きな溝があるような気もした。」
米原万里は「『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』を書いた理由」の中で、そう語っている。その疑問への思いもあったのだろう。その後数度にわたり、3人の級友のもとを訪問、取材し、この放送から5年後に『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』は出版された。

僕の興味は極限までふくらみ、すぐに4冊目として「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」を入手した。そして、その本を読む前に、YouTubeに米原万里の出演している「世界・わが心の旅」がアップされていることを知り、その動画を見たのだ。

  Link: 世界わが心の旅 プラハ 4つの国の同級生 米原万里 (1)
  Link: 世界わが心の旅 プラハ 4つの国の同級生 米原万里 (2)
  Link: 世界わが心の旅 プラハ 4つの国の同級生 米原万里 (3)

感動的だった。とても重い動画だった。1996年といえば、東西冷戦が終結し、中・東欧の国々の体制が崩壊し、ボスニア内戦がまだ燻っている時期だ。その中で撮影されたこの番組の意味は、本来の番組の意図以上に大きなものになっている。

そして、直後に読んだ「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」で、その感動は倍増した。映像では決して表せないものと、映像でしか表せないものが厳然とある。さらに両者が合わさることで、映像の存在が助けとなり、文章がより生き生きと息づく。もちろんその逆もある。

それにしてもこの本の中の4人の少女達は、何と生き生きと描かれているのだろう。そしてその中に生きている人達の歴史が、そのままその時代の激動ぶりと直結し、様々な思いを僕達にも起こさせてくれるのだ。

まだまだ彼女の著作はたくさんある。今更なんて言わずに、もっともっと読んでみたい。その正直で力強く、ユーモア溢れる文章から、さらにくっきりと人間・米原万里が浮かび上がってくるのだろう。それを確かめてみたいと思っている。


<追記>

おーっと、またまた音楽を忘れていた。プラハといえばチェコ。チェコといえばスメタナとドボルザーク。ここはひとつスメタナの連作交響詩「わが祖国」。その中でも最も有名な第2曲「モルダウ」でも聴きながら、彼の国を思い浮かべてはいかがでしょうか。CDは僕の愛聴盤、スメターチェク、チェコフィルで、ぜひ。

  Link: スメタナ『わが祖国』より「ブルタバ(モルダウ)」-プラハの風景

B007JLLTFI
スメタナ:わが祖国 / スメターチェク、チェコ・フィル


ドボルザークはチェロ協奏曲。米原万里も愛したロストロポーヴィッチのチェロを、カラヤン・ベルリンフィルの演奏でぜひどうぞ。

B00H9N3HGU
ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 / ロストロポーヴィッチ(Vc)カラヤン・ベルリンフィル

  Link: ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 / ロストロポーヴィッチ
     (この映像は、ジュリーニ、ロンドンフィルです)


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風に寄せて

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  しかし 僕は かへつて来た
  おまえのほとりに 草にかくれた小川よ
  またくりかへして おまへに言ふために
  だがけふだつて それはやさしいことなのだ と

今週の月曜日、梅雨明け直前の祝日の午後のこと。もうそろそろかな、と思わせるような日差しが少しずつ勢いを増し、夏の香りを含んだ風が開け放した窓を通り抜けていた。からっとして気持ちのいい風だった。しかし天気予報では雨の心配をしている。九州北部の豪雨はまだまだ予断を許さない状況だった。また明日から梅雨空に逆戻りなら、せめて気持ちのいいこの風を、少しばかり楽しんでいようか、などと思いつつ、頬に風を感じながら頭に浮かんできたのがこの一節。立原道造の詩、「風に寄せて」の冒頭部分である。

立原道造の詩を初めて知ったのは、高校時代の現代国語の教科書だった。恐らく入学直後の話だ。それは、「ひとり林に・・・」という作品だったが...そうそう、たしか授業中たまたま指名され、みんなの前でその一編を朗読したのだった。

「だれも 見ていないのに 咲いている 花と花 だれも きいていないのに 啼いている 鳥と鳥」で始まるその詩の世界に、僕は読みながら没入してしまった。静かな情景を詠む中に、少しずつ作者の胸の高まりが溢れ出てくるようで、とても見過ごすことのできない一編の詩だった。読み終えて席に座った直後に、近くに座っている友人から「入り込んでたね~」と冷やかされたような気もする。

しばらくして、学校帰りに立ち寄った本屋で、当時角川文庫から出ていた「立原道造詩集」を購入し、その人物と詩の世界を知ることになる。1914年生まれの立原道造は、東京帝国大学の建築学科を卒業した新進気鋭の建築家だったが、建築の世界だけでなく、中学時代より入り込んでいた詩歌の世界でも頭角を現し、在学中から注目を集めるようになっていた。バリバリの理系人間でありながら、根っからの文学少年。卒業後は建築事務所に勤めながら詩集を刊行するも、その2年後、結核のため、24歳という若さでこの世を去る。建築の世界、詩の世界どちらにおいても将来を嘱望されていた夭折の天才だったのだ。

そんな彼が最も愛した芸術は音楽であり、それは彼の詩の世界にも大きく影響を与えている。彼が自身の作品において捉えようとしたのは、その内容よりも、一編の詩の中に響く音楽的効果であって、だからこそ流れるように流麗で、声に出すと、その言葉が前後にちりばめられた他の言葉と呼応して、空間的な広がりを持つようにすら感じてしまう。

彼の愛した軽井沢の自然の中で、自由に詠んだ感のあるその詩も、実はヨーロッパの詩の定形である4-4-3-3の14行からなる「ソネット形式」の枠組みで書かれているものが多い。彼は、これは音楽におけるソナチネ(小ソナタ)形式に対応するものであると考え、第一詩集「萱草(わすれぐさ)に寄す」では、大きな3部構成の第1部と第3部にSONATINE No.1,とNo.2というタイトルをつけている。また、この3部構成自体も、音楽のソナタ形式に倣っているかのようでもある。

そうした枠組みを敢えて設定し、その中で選ばれた言葉と、計算しつくされた構造は、建築家としての視点につながるものがあるような気もする。しかし、それを決して感じさせないのは、彼特有のやさしい言葉や表現が、あくまでも自然に読み手に寄り添うからなのだろう。

自らの内に小さな爆弾を抱え込み、いつ果てるともわからない毎日を送りながら紡いだ言葉からは、だからこそ持つことのできる自然に対する視線やその裏にある詩情を感じることができる。平易な表現と口語体はどこまでもここちよく響きながら、その表現の鮮やかさにはっとさせられたり、その言葉のはかなさに、とんとんと打たれたりもする。五感をフルに働かせて詠まれた言葉の影に、思いがけず諦念や寂寥の断片を垣間見て、しんとしてしまうこともあるのだ。

高校時代に購入した角川文庫版の「立原道造詩集」は、大学の卒業時に実家に送り返した本を詰め込んだたくさんの段ボール箱とともに何処かに行ってしまい、僕の手元に戻ることはなかった。いつの間にかそんなことも遠い昔の話として忘れかけていた数年前、実家の本棚に高校時代に一冊ずつ購入していった集英社の「日本の詩」全28巻が並んでいることに気付き持ち帰ってきた。その中に懐かしい立原道造の巻もあり、時折ぱらぱらと眺めていたのだ。そういう経緯もあって突然思い出したのかもしれない。一陣の風が運んでくれた、海の日のプレゼントだった。


さて、今日の音楽は、小ソナタ形式にこだわった彼の詩にちなんで、僕の大好きな、J.S.Bachのソナタ集にしよう。立原道造も、恐らく蓄音機で聴いたのだろうと思いたい音楽...まずは思い出深い、「6つのトリオ・ソナタ BWV525~530」だ。

Bach; Six Trio Sonatas Arr.King / The King's Consort
J.S.Bach; Six Trio Sonatas Arr.King / The King's Consort


ここに紹介する、The King’s Consortの演奏は、元々オルガン曲として残っているトリオ・ソナタを、バッハの時代にあったと思われる室内楽の形で復元したものであり、オーボエやオーボエ・ダ・モーレを中心に演奏されるアンサンブルは、実に完成された素晴らしいものになっていて、この地味なトリオ・ソナタに新しい息吹を与えてくれている。

  Link:  J.S.Bach: BWV527 / Trio sonata for oboe, violin & b.c. in D minor - The King's Consort

この中の”Sonata in D minor(BWV527)”と”Sonata in E minor(BWV528)”は、かつて演奏したことがある。特に後者のBWV528は、今でも練習から本番までの細部を思い出すほどだ。もう20年以上前の話だが、確か本番は宝塚のベガホール。パイプオルガンも備えた中規模のホールで、この曲をハープシコード、バイオリン、ビオラ、チェロの4人で演奏した。1楽章、2楽章と気持ちよく進んだが、3楽章のテンポは元々少し早めに設定していて、結構苦労した記憶がある。しかし、僕はこの曲で、トリオ・ソナタ形式の演奏の楽しさに俄然目覚めた。心に残る演奏だった。

  Link:  J.S.Bach BWV528 / Trio Sonata No.4 in E Minor – London Baloque

もう一枚、ひょっとして際物と思いきや、予想以上に素晴らしかったこのアルバムも紹介しておこう。ミカラ・ペトリ&キース・ジャレットの「バッハ:リコーダーソナタ集(BWV1030~1035)」だ。

バッハ:リコーダーソナタ集/ Petri & Keith Jarrett
バッハ:リコーダーソナタ集/ Petri & Jarrett


この6つのソナタは、フラウト・トラヴェルソのために書かれたソナタだが、これをミカラ・ペトリがリコーダーで熱演し、キース・ジャレットがハープシコードで応える。リコーダーって、小学校の音楽で使ったあれ?なんて馬鹿にしてはいけない。このバロック時代におけるリコーダーの繊細で歯切れのいい演奏を聴けば、フルートなどの現代楽器では表現できない領域があることを教えてくれる。ここでのミカラ・ペトリの演奏は、クラシックの分野でもその真価を発揮するキース・ジャレットのハープシコードに触発され、実に生き生きとした魅力溢れる世界を紡ぎだしている。バロック音楽という即興的要素の少なからず入った世界での音楽的対話...う~ん、まさにインタープレイだ。

  Link:  J.S.Bach - Sonata BWV 1030 in B Minor, Allegro(Petri,Jarrett)


バッハのソナタ集を聴きながら立原道造の詩集を読んでいると、ふと以前、東京に立原道造記念館があるという話を、何処かで読んだことを思い出した。数年前に再び読み始めてから、機会があれば訪ねてみたいと思っていたのだが、調べてみると残念なことに昨年閉館したとのこと。2年後に生誕100年、没後75年となる立原道造の詩の世界は、今や時代の流れの中で忘れ去られるだけなのかもしれないけれど...それは寂しいことだ。今のような時代だからこそ、こういう世界をかみしめてみるべきだ、とも思うんだけど...

高校時代にかなり読んでいたはずなので、恐らく僕の文章も多少なりとも影響を受けているのだろう。なるだけ平易な言葉で、流れるように響かせたい。その発想はひょっとしたらこのあたりから出ているのかもしれない。本当は「思い立ったが吉日」、ということで来月の休暇には彼の好きだった信州へ...なんてことになればよかったんだけど、今回はスケジュールの関係でそうも行かない。せめてあの頃のように、改めてしっかり読み込んでみようかな。案外、新しい発見が待ってるかも知れないね。


<追記>
「風に寄せて」のタイトルがついた彼の詩は確か3種類あります。情景は類似しているので、習作に近かったのかもしれません。その中でも、僕は冒頭の一節で始まる作品が好きです。...そうそう、このあたり梅雨は海の日の翌日に、あっさり明けてしまいました。暑い!



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読書の秋、「錦繍」の秋

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「前略  蔵王のダリア園から、ドッコ沼へ登るゴンドラ・リフトの中で、まさかあなたと再会するなんて、本当に想像すらできないことでした。」

蔵王、ダリア園、ドッコ沼、ゴンドラという4つの濁音で始まる名称が呼応し合い、少し毒々しいくらいに鮮やかな錦織りなす秋の風景を想像させる文章。宮本輝の小説、「錦繍」の冒頭の一節だ。この始まりの部分には「秋」の表現こそ無いが、その言葉の響きとタイトルからくる予感が、「秋」を感じさせる要因になっている。

カレンダー上は確実に晩秋の時期なのに、我が家のリビングから見える山々は、まだ紅葉に至っていない。かつてはこの時期、鮮やかな色合いで秋の到来を感じさせてくれた風景も、ここ数年はそうなる前に冬に突入し、なんとなく茶色っぽく変わって終わり、ということが多かったが、今年もそうなんだろうかと思ってしまう。冬への入りが少しずれ込んでいるだけならいいんだけど...

山がいつまでも秋の装いにならないのと同じく、僕もいまだに秋の喜びを享受できていない。その最たるものが「読書の秋」だ。秋になったら読むぞ~と意気込んでいたのに、ほとんど時間が取れなかった。そんな中で、先日、久々にモーツァルトのシンフォニー41番「ジュピター」を聴いていて、その連想から宮本輝の「錦繍」が読みたくなり、何とか時間を繋ぎ合わせ読み終えた。何度目かの通読だ。

かつて夫婦だった男女が交わした14通の往復書簡で成り立っているこの小説は、そのタイトルのごとく美しい物語だ。何度読んでも心の裏側にズンズンと響いてくる。身体の中の何かが揺さぶられる。恐らく初めて読んだときと今とでは感じ方が変わってきているのだろうが、揺さぶられる振幅が狭まった感じは無い。ただ、それまで靄のかかったような印象だったものが、よりクリアに映るようになった気もするのだが...

絶望の淵に落とされるような事件の果てに、別れを余儀なくされた、かつて夫婦だった二人の物語。その別離からの十年、二人はそれぞれ希望を見出せず諦念の淵を歩いていた。そんな中で、偶然の出会いから手紙のやりとりが始まる。二人は、その往復書簡の中で、自分たちが出会い現在に至るまでの道程のあちこちにあいていた穴を、まるでパズルのピースをはめ込むように埋め合っていく。正直に真剣に。それは相手に対してというよりも、自分自身に向けた検証のようでもある。そして、そのなかで、どういう過去であっても、それが厳然と今日の自分を作っていること、そして過去と未来の間に「今」というものが介在していることに気付いていくのだ。

初めてこの本を読んだのは、30歳を目前にした頃だったと思う。当初は、これほどまでに微細な表現を手紙の中で相手に対してすることに、かなり違和感を覚えた。しかし、現実の会話の中でそれができるものなのかと思うと、もっとありえないような気もする。これは手紙というフォーマットだからこそ実現できているのだし、だからこそありえるのだと思うようにもなった。

その頃はまだインターネットもなく、メールのやり取りをすることも無い時代だ。その点に限って言えば、当時よりも手段が増えた分だけ、文字媒体でのやり取りは増えているが、問題は質だ。僕の場合、メールでは、いかに素早く簡潔に内容を伝達できるかに重きを置いている。それでいいと思うし、そういう点では優れたツールだ。しかし手紙の変わりになりえるのか、と問われると、多少疑問が残る。絶対ならないとは、言い切れないのだが...


この小説には、モーツァルトの後期三大交響曲(39、40、41番)の記述が随所に出てくる。特に39番は、この物語の本質に食い込む大きな役割を担っている。モーツァルトの音楽しか鳴らさない喫茶店で、主人公・亜紀が、そこに流れる交響曲39番を聴き、そのさざなみのように穏やかな音楽の中に、悲しみと喜びの二つの共存を感じとるくだり。そしてそこから「生きていることと死んでいることは、同じことかもしれない」という、生と死の本質に突き進んでいくところは、特に好きな箇所だ。それが、あの美しいト短調の交響曲40番でもなければ、「ジュピター」と呼ばれる壮大なフーガを持つ最後の交響曲41番でもない、ある意味非常に地味な39番であったところが、この挿話の真骨頂とも言うべきところだろう。

「ジュピター」は学生時代に演奏したことがある。近くのK大の卒業目前のメンバーとOBが中心となって結成した一回限りの小さなオーケストラに参加させてもらって演奏した。この技術的にも申し分のないメンバーの中で弾いた経験が、その後の学生生活における貪欲なまでの演奏意欲につながった、思い出深い曲だ。その第4楽章のアンサンブルは想像以上に難しかったが、演奏している最中、前後左右から湧き上がるフーガに、まさしく天体を連想させるものを感じ、そのタイトルに納得した。

40番は、誰もが聴いたことがある有名なフレーズで始まる劇的な作品だ。この曲は、演奏したくて未だ叶っていない曲のひとつだが、以前どこかのオケの演奏会で最前列に座って、冒頭、弦の16分音符のきざみを聴くやいなや、なぜか強烈に「弾きたい」という想いが湧き起こり、ひたすらかぶりつきで演奏者の息吹を感じながら聴いたことを思い出す。

そう考えてみると、39番の想い出はない。何度か演奏会で聴いているはずなのだが、あまり思い浮かばないのだ。初めて「錦繍」を読んだ、まだ若かりし頃、「何で39番なんだろう」と不思議に思ったのだが、今はそうは思わない。そのさざなみのように穏やかな楽曲こそが、やはりふさわしかったのだ、と思うようになった。

「錦繍」には終盤、瑣末とも思える「今」の描写が多く現れ始める。初めて読んだときは、その部分がひどく冗長に思えた。しかし今は、ある意味下世話とすら感じるその部分こそが「今を生きていく」ことへの執着であり、希望であるようにも思える。モーツァルトの交響曲39番のように穏やかに流れる日常の中にこそ、喜びも悲しみもすべてを塗り込めた再生への扉が開いているのだ。

過去の道程を明らかにした二人は、不思議な生命力を得て「今」を力強く生きていくことを決意する。その思いの中で、二人の往復書簡は終わりをむかえる。この心の深いところで繋がりあった二人は、二度と会うことも、手紙をやり取りすることもないのだろう、と思わせる。しかし、その思いの裏には灯りの見え始めた「今」が息づいていて、気分はどこか晴れやかになる。

いままで、どちらかといえば新しいものを読んだり聴いたりすることに注力してきたが、かつて読んだ本の再読は、実はそれ以上に意味があることのように感じてきた。本もCDも溢れかえった部屋で、そろそろ、うんと絞り込んでもいい年なのかな、と自分に問いかける。「いいんじゃないの」とつぶやいてみるが、どこかから、「まだまだ」という心の声が...

さて、もう直ぐ12月。秋を十分に感じる前に師走を迎えるなんて寂しい話だが、今しばらくは秋の気分で許してもらおう。せめて紅葉の秋の名残を十分に感じてからでも遅くはない。2012年はまだ遠い。



  *** モーツァルトの3大交響曲は、僕の愛聴盤、
     スウィートナー指揮、シュターツカペレ・ドレスデン盤でぜひどうぞ。


B005BKOY7Oモーツァルト:交響曲第39番、第40番、第41番
オトマール・スウィトナー指揮 シュターツカペレ・ドレスデン
キングレコード 2011-10-05

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4101307024錦繍 (新潮文庫)
宮本 輝
新潮社 1985-05

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「船に乗れ!」にのってしまった

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大学時代、オーケストラのサークルで4年間チェロを弾いていた。それまでクラシックとは縁がなかった僕が何故オーケストラなのか・・・

子供の頃、街の音楽教室に通っていたので、鍵盤楽器には親しんできたし、ポピュラー系の音楽は一通り経験した。その後ギターも弾き始め、フォークやロックも通過した。ジャズの経験はなかったが、聴けばカッコいい音楽であることは理解できた。ただひとつ、クラシック音楽の良さだけは、なかなかわからなかった。

高校の音楽の授業でベートーベンの交響曲を鑑賞中、退屈なので隣の席の人と派手にしゃべっていて、当時の音楽の先生(この人、誰もが知っている超有名なテノール歌手のお父様です。お元気なのだろうか。)に「ベートーベンに失礼だ!」とすごい剣幕で怒鳴られた。でも、何故そんなに怒るのか、もっと退屈じゃない音楽をやれ~、ってな感じだったと思う。(未熟者で、すみませんでしたっ!)

その頃、僕にはブラスバンドをやっている友人がたくさんいて、彼らは事あるごとにクラシック音楽の話や楽しげな演奏の話をする。その熱っぽい語り口を聞きながら、それが理解できないことが悔しくもあり、そこまで語れる音楽の世界を持っていることがうらやましくもあった。

その後、1年間の浪人生活を経て晴れて大学生になった時、今までに経験していない音楽の世界に入り込んでみたいという欲求が頭をもたげてきた。選択肢は二つ。未経験だったジャズのサークルに入り、ちょっと気になるアルトサックスを練習して、その世界を極めてみるか。はたまたオーケストラに入って、友人たちをそこまで熱くしていたクラシックの深遠なる世界を覗いてみるかだ。

サックスは当時ナベサダが流行っていて、なんとなくがんばればできそうな気がする。オーケストラの方はブラスバンドも経験ないのだから弦楽器かな、とは思うものの、こちらはなんだかすごくハードルが高く、練習しても4年間くらいで弾けるようになったり、ましてやオーケストラで演奏できるようになる気がしない。そこで一旦、両方の新入生説明会に参加してから決めることにした。

説明会はオーケストラのほうが一日早かった。そこでは、「心配は要りません、あなたも一年後には交響曲を演奏する舞台に立ってます」、みたいな怪しげな勧誘があったのだろう。そして流れのままにコンパへ。あとは慣れない焼酎をしこたま飲まされ、気付いたのは翌日の朝。僕のアパートの畳の上、軽い吐き気の中で目が覚めた。おおっ、目を凝らせば、そこここに見慣れない人達がごろごろと...そうか、これはオーケストラの先輩たちだ。朦朧とした頭で前日の記憶をたどっているうちに、何人かが目を覚まし、「おめでとう、君はすでにチェロパートのメンバーだ!」

というわけで、ジャズのサークルへは完璧な二日酔いで行くこともできず、めでたくオーケストラの一員になったのでした。もしジャズの方が説明会が早ければ...うーん・・・そういう運命だったということですね。


さて、今日の本題は、藤谷治の「船に乗れ!」全3巻である。今年の本屋大賞・第7位にランクされたこの本を最初に本屋で目にしたのは昨年の夏だったと思う。帯には「青春音楽小説」と背中が痒くなるような文字が並んでいる。手書きポップによると、主人公はチェロを弾く高校一年生。「チェロ」というところで少し触手が伸びかかる。しかし、今さら自分の子供よりさらに下の世代の話もないよなあ、しかも3冊もあるし...ということで、横目では眺めながらも敬遠していた。

それでも、とりあえず第1巻を買って読んでみようと思ったのは、信頼する本屋大賞にノミネートされたのを知ってからだ。普通に読んでそこまで面白いのなら、同じ楽器を弾いていた僕が読めばもっと楽しめるだろうと期待したからだった。

第1巻は普通に青臭い展開で進み、就寝前のこま切れの読書も遅々として進まなかった。でも後半に入ると俄然スピードが速まり、あわてて土曜日に残り2冊を買いに走る。後は土日で全巻読了。第2巻の激しく重苦しい展開、最終巻の歓喜と赦しは、読んだ後も長くその余韻を引き摺ってしまう魅力溢れる内容だった。その意味するところはとても深く、僕にとってはなんだかたまらなく痛い小説だった。

この小説は、ほぼ僕と同世代の主人公が、高校時代を振り返り、随所に現在の視点から見た思いを乗せながら綴るという体裁をとっている。それがこの年齢で読んでも共感できるポイントなのだろう。高校生の話なのに今の高校生が読んでもピンと来ないのではないかと思ってしまう。かつて多感な時代を過ごし、いま冷静に振り返ることができる世代に向けた話なのだ。

バッハ
バッハ:ブランデンブルク協奏曲(全曲)/ S・クイケン、ラ・プティット・バンド


この物語はたくさんの山場を持っているが、そのひとつにバッハのブランデンブルク協奏曲第5番の演奏場面がある。今は休止中だが、僕自身、大学を卒業した後もしばらくOBを中心としたバロックアンサンブルに参加していた。その中でこの曲も実際に演奏した経験があり、非常に懐かしく、思わずCDをかけながら読み進めた。この小説のクライマックスともいえる第1楽章から第3楽章にかけての臨場感と詳細な演奏描写・心理描写は圧巻だ。それらの表現が実演奏と重なり、その心理がリアルに迫ってくる。「音楽小説」とはよく言ったもので、確かに演奏をやってきたことで読む喜びが増幅されているような気がする。

ただ、読後、この小説において音楽は脇役だったこともわかってくる。「音楽小説」は見せかけで、実はそれと並行に進む、倫社の教師とのエピソードこそが本道なのではないかと思えてくる。

この本のタイトル、ニーチェの言葉、「船に乗れ!」。思い通りには決してならないそれぞれの人生。でも結果的には自分の道は自ら選んで進んでいる。そうした人それぞれの生き方・考え方を船にたとえて肯定する言葉。その前向きなタイトルに込められた思いは深く、"今"を生きる僕の心にも強く訴え続ける。


*** ブランデンブルク協奏曲第5番は、僕の愛聴盤 S・クイケン/ ラ・プティット・バンド盤でどうぞ






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