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ブルーに生まれついて

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「チェット・ベイカーの音楽には、紛れもない青春の匂いがする。ジャズ・シーンに名を残したミュージシャンは数多いけれど、「青春」というものの息吹をこれほどまで鮮やかに感じさせる人が、ほかにいるだろうか?  ベイカーの作り出す音楽には、この人の音色とフレーズでなくては伝えることのできない胸の疼きがあり、心象風景があった。」

和田誠がジャズ・ミュージシャンの肖像を描き、村上春樹が愛情に満ちたエッセイと共に、自ら所蔵している愛聴盤LPを紹介したジャズ・ブック「ポートレイト・イン・ジャズ」は、冒頭の書き出しで始まる。単行本だと2巻構成、それぞれ26人ずつのジャズ・ミュージシャンをとりあげているのだが、文庫になる際に3人加えられ、一巻のみで合計55人を取り上げたイラスト・エッセイ集となった。その最初に描かれたミュージシャンがチェット・ベイカーであり、やはり気になるミュージシャンの筆頭だったのかもしれない。

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ポートレイト・イン・ジャズ (新潮文庫) / 和田誠・村上春樹


「青春の匂い」と言われると、確かに若い頃のチェット・ベイカーはそういう感じだったかな、と思ってしまう。まっすぐで溌剌としたトランペットと、ソフトで中性的なささやくようなボーカルは、不思議にマッチしていた。もちろんその頃のチェット・ベイカーも好きだが、70年代半ば以降の、老成し、より憂いを増したチェットも、独特の味があって捨てがたい。それはまるで、モノクロームの「青春の記憶」を慈しむような音楽とも言えるだろうか。思えば、「青春」には「胸の疼き」がつきものであり、その言葉そのものにも、うっすら憂いを含んでいる感触がある。


このチェット・ベイカーを題材にした伝記映画「ブルーに生まれついて」が公開されると知り、11月最終の土曜日、封切りに合わせて観に行った。例によって関西では2館上映のみというマイナー感だが、梅田スカイビル・タワーイーストにあるシネ・リーブル梅田の100席ほどの館内は、初日にも関わらず観客は4割程度だった。

チェット・ベイカーの映画と言えば、1987年に製作されたドキュメンタリー映画「レッツ・ゲット・ロスト」が思い出される。以前このブログでも触れたことがあるが、僕もジャズを聴き始めて数年目、チェット・ベイカーのアルバムもいくらか聴いていた頃で、当時毎月読んでいたスイング・ジャーナルで、その撮影はそれなりに話題になっていたと思う。その年には日本公演も重なって、年齢以上にくたびれた風貌のチェットの姿は、頻繁に誌面を賑わわせていた。チェットはその翌年、滞在中のアムステルダムのホテルの窓から転落死するのだが、直後に日本でも公開されたこの映画は、アカデミー賞のドキュメンタリー部門にもノミネートされた。

今思えば不思議なのだが、僕はこの映画を観ていない。ここまで条件が揃えば、何が何でも封切を観ていてもおかしくないんだけれど・・・。後年、サウンドトラックのCDは入手したものの、DVDは輸入盤のPAL方式のものしか出ておらず、通常のプレイヤーでは再生できないようで、いまだに観ることができていない。

映画「レッツ・ゲット・ロスト」は、最後までドラッグへの依存を断ち切ることができず、多くの問題を抱えながら生きてきた悪名高きジャンキー、チェット・ベイカーの人生を、本人も含め、彼に関わったたくさんの人達へのインタビューと音楽で紡いだもののようだ。「ブルーに生まれついて」で主役のチェットを演じているイーサン・ホークは、このドキュメンタリー映画を観てチェットのことを大好きになり、その音楽もまた深く愛するようになったと言う。俳優の道に進んでからも、チェットのことを色々調べる中で、いつしかチェット・ベイカーを演じてみたいと思うようになっていた。それがようやく叶ったのだ。同じく、「ブルーに生まれついて」の監督であるロバート・バドローもまた、長年チェット・ベイカーにこだわってきた。映画学校時代にはチェットのエピソードをモチーフにした短編映画「Dream Recording」を、2009年にはチェットの転落死の謎に迫った短編映画「チェット・ベイカーの死」も製作している。そういう背景の中で、チェットに取り憑かれた二人が出会い、今回の映画にたどり着いたという。

映画「ブルーに生まれついて」は、チェットの生涯を描いたものではなく、60年代末から70年代初頭の、彼が最も苦しかった一時期だけを描いた物語である。麻薬に溺れ、演奏で滞在中のイタリアで捕まったチェットは、保釈中に自伝映画に出演する。そこで、別れた妻エレイン役を演じていた駆け出しの女優ジェーンに魅かれ始める。ジェーンは噂に聞く問題児のチェットを警戒しながらも二人は恋に落ちていく。その後チェットは、麻薬がらみの揉め事で襲われ、前歯を失ってまともな演奏ができなくなる。このトランペッターとしては致命的な状況で、借金もかさみ仕事仲間からも見放され、どん底の状態のチェットに、ジェーンは寄り添い、少しずつ回復していく彼を支える。二人三脚の努力で再起したチェットは、ディジー・ガレスピーの後押しもあり、再びチャンスを得て、バードランドの舞台に立つ。



この映画は、どん底のチェット・ベイカーが再起に至るまでのラブ・ストーリーなのだが、実はチェットを支えたはずのジェーンは実在しない。これは監督であるロバート・バドローが、実際は契約で揉めて撮影に至らなかった自伝映画が、実は撮影されていたという想定から作り上げたフィクションなのだ。しかし、自伝映画が撮影されていたこととジェーンの存在以外は、ほぼ事実に沿っている。

そこに描かれているチェット・ベイカーは、人間的な弱さを随所にさらけ出してはいるものの、懸命に生きようとしている。ちょっと小心者で、常に不安で、ある意味素直な憎めないやつだ。ロマンティックで愛すべきチェットが、とても人間臭いチェットがそこにはいる。監督のロバート・バドローも主演のイーサン・ホークも、これまでの書物や映画で描かれてきたチェットの虚像を壊したかったのだろう。死ぬまで麻薬と縁を切れなかった、どうしようもないダメ人間としか映らなかった虚像を、彼ら自身がチェットの周辺にいた人達と接して感じた方向に修正するために、フィクションという手法で、真のチェットの姿を描きたかったのだと思う。


映画の非常に重要なシーンで、主演のイーサン・ホークは実際に2曲フルで歌っている。俳優であるイーサン・ホークにとって、それは大きな挑戦だったに違いないが、長い間、チェット・ベイカーを演じる準備をしていたと言うだけあって、さすがだった。

一曲目はチェット・ベイカーの代表曲とも言えるスタンダード・ナンバー、「マイ・ファニー・バレンタイン」だ。この曲はチェット・ベイカー自身、最もお気に入りだったのではないだろうか。生涯を通じて、様々な演奏と歌が残されている。以前にも紹介した1954年の大ヒットアルバム『Chet Baker Sings』に入っているものもいいが、やはり僕は多少問題はあっても晩年の東京公演(1987年)の演奏あたりでのにじみ出る滋味の方に軍配を挙げてしまう。あるいはそれは、僕自身がそういう年齢に近づいてきたからなのかもしれないが・・・

  Link:  My Funny Valentine / Chet Baker in Tokyo (1987)

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イン・トーキョー~愛蔵版~ / チェット・ベイカー


二曲目は同じく『Chet Baker Sings』にもあった曲、「I’ve never been in love before」で、実は僕自身、チェットが歌う中で最も好きなナンバーだ。この切なく響くロマンティックなラブソングには、確かに村上春樹の言うところの「青春」をストレートに感じさせるものがある。

  Link:  I've never been in love before / Chet Baker (1954)

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The Complete Chet Baker Sings Sessions / Chet Baker


その2曲に比べ、この映画のタイトルにもなっている「Born to be blue」は、チェット・ベイカーの演奏や歌では、あまり馴染みが無い。アルバムとしては1964年にリリースされた『Baby breeze』に入ってはいるが、目立たない。僕も映画を観るまで、チェットの演奏は知らなかった。歌手のメル・トーメがロバート・ウェルズと共作したこの曲で頭に浮かぶのは、圧倒的にヘレン・メリルの歌にクリフォード・ブラウンのトランペットが重なる名演である。(アルバム『Helen Merrill (with Clifford Brown)』に収録)

  Link:  Born to Be Blue / Chet Baker

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ベイビー・ブリーズ+5 / チェット・ベイカー


  Link:  Born to Be Blue / Helen Merrill

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helen merrill / Helen Merrill



実は、最初に紹介したジャズ・ブックの姉妹本とも言える村上春樹と和田誠の共著に、「村上ソングズ」というソング・ブックがある。ジャズ、スタンダード、ロックの名曲を29曲選び、その訳詞とエッセイにイラストと名演のCDジャケットを添えた本で、その中の一曲に、偶然にも「Born to be blue(ブルーに生まれついて)」が選ばれているのだ。

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村上ソングズ / 村上春樹・和田誠


その歌詞を深く読めば、この映画のタイトルにこの曲を選んだ理由がわかってくる。それはまさにチェットの心情を歌っているような内容であり、そういえばチェット自身もBlueを自らのテーマカラーと認識していたのではないかと思えてくる。

英語の「Blue」は、日本人が思う「青」の感覚と違い、「憂い」の感情を多分に含んでいるのだろう。今や「ブルーな気分」と言えば、日本人でも「憂鬱なんやな」とわかる。日本語の「青」には、「未熟」の色合いが強く、「憂鬱」な感じは薄い。この文章の冒頭の「青春」という言葉だって、誰が最初に考えたのかは知らないが、「未熟」さを表しているのだろう。もちろん、「青春」だからと言って「blue spring」なんて訳しても全く伝わらない。youthでいいのだ。

そういえば、チェットは晩年、ライブで「Almost Blue」という曲を定番のように歌っていた。先に紹介したドキュメンタリー映画「レッツ・ゲット・ロスト」のサントラ盤では、アルバムの最後を飾っている曲だが、これは1982年にエルヴィス・コストロがチェットの歌う「The thrill is gone」に触発されて書いたという。その歌詞は、まさにBlue。チェット・ベイカーのイメージを歌ったような内容だ。この曲をチェットも気に入り、ジャンルは違うが、ライブや録音でもエルヴィス・コストロとは交流があったようだ。

  Link:  Almost blue / Chet Baker

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レッツ・ゲット・ロスト〜オリジナル・サウンドトラック / チェット・ベイカー



こう書いて行けば、とことんブルーな気分になる映画のように感じるかもしれないが、そんなことは無い。決してハッピーには終わらないが、それでもなんだか気分は優しくなっていた。

上映館を探しているときに、ネットでたまたま見たこの映画の評点はあまり芳しくなくて、観にいくのを躊躇してしまうほどだったが、僕にとってはとてもいい映画だった。映画が終わって、梅田スカイビル周辺で行われている、夜のクリスマスマーケットに繰り出し、ホットワイン(グリューワイン)とソーセージで体を温めたが、その時感じたホカホカした余韻は、決してワインのせいだけではなかったんじゃないかな。

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<おまけ1>

エルヴィス・コステロの「Almost Blue」もぜひ。

  Link:  Almost blue / Elvis Costello

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Almost Blue / Elvis Costello



そうそう、そういえばエルヴィス・コステロの奥様である、ダイアナ・クラールもこの曲、歌ってました。そちらもぜひ。

  Link:  Almost Blue / Diana Krall

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The Girl in the Other Room / Diana Krall



<おまけ2>

本文でも出てきた、1988年公開のドキュメンタリー映画「レッツ・ゲット・ロスト」の予告編です。海外版ですが、こちらもぜひ!

  Link:  Let's Get Lost - Trailer



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ストックホルムでワルツを

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先週の日曜日、公開を待ちわびていた映画、「ストックホルムでワルツを」を観に行った。原題は「Monica Z」。スウェーデンの歌手、モニカ・ゼタールンドの半生を描いた映画で、僕はそのことを数ヶ月前に音楽情報誌で知った。

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モニカ・ゼタールンド・・・懐かしい名前に出会った気がした。まだジャズを聴き始めてどれほども経っていない頃、恐らく僕が初めて購入したジャズ・シンガーのCDが彼女のアルバム、「ワルツ・フォー・デビイ」だった。初めてなら、そんなマイナーな人じゃなくて、もっとビッグネームがたくさんいるだろう、なんて思われるかもしれないが、僕のジャズへの嗜好はまだまだそこまで拡がっておらず、誰がその「ビッグネーム」にあたるのかさえ、わからなかった。聴いていたアルバムは、もっぱら数名のジャズピアニストのリーダー作ばかり。そこから始まって共演者への興味が少しずつふくらみ始めた頃だった。

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Waltz For Debby / Monica Zetterlund with Bill Evans

このアルバムのタイトル曲である“ワルツ・フォー・デビイ”は、ピアニスト、ビル・エバンスの作で、まだ幼い姪のデビイに贈った美しい曲だ。僕自身は輸入CDで入手した1956年のビルの初リーダー作「New Jazz Conceptions」で初めてこの曲を聴いたが、そこでのこの曲はピアノソロによる愛らい小品で、デビュー作にして既にその後の世界を体現できる叙情的な演奏だった。

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New Jazz Conceptions / Bill Evans

  Link:  Waltz For Debby (Solo/Original) / Bill Evans

この曲を一躍有名にしたのは、そのデビューから5年後にリリースされたビル・エバンス・トリオがヴィレッジ・ヴァンガードで行ったライブを収録したアルバム「ワルツ・フォー・デビイ」だ。盟友だったベーシスト、スコット・ラファロが不運にも交通事故で亡くなる11日前のライブで、生前最後の公式録音だった。今でも、モダンジャズの名盤といえば、必ず挙げられるアルバムだが、実のところ、同日録音のアルバム「サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード」と合わせて、スコット・ラファロの追悼盤として発売された感が強い。そう思って聴いてみると、聴衆の熱気も薄く、ざわめきや食器の発する雑音も随所に含まれていて、名盤にふさわしい雰囲気とはとても言えない。よく聴けば、恐らくマスターテープに含まれているノイズも多いのだが、それでもなお、ひときわ輝いている理由は、ドラムスのポール・モチアンを含めた3人のインタープレイの完成度の高さと、その後のビルの愛奏曲がたくさん含まれていることにあるのだろう。

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Waltz for Debby / Bill Evans Trio

  Link:  Waltz For Debby / Bill Evans Trio


スウェーデンの歌姫モニカがこの「ワルツ・フォー・デビイ」をカバーしたアルバム。それだけでは当時の僕には何も引っかからなかったに違いない。ジャズのボーカルアルバムには全く興味がなかった僕が、それでも聴いてみたいと思った理由は、一にも二にも、アルバム丸ごと、バックをつとめるのが、絶頂期のビル・エバンス・トリオだったことだ。

ビル・エバンスの演奏するボーカルアルバムは極端に少ない。ビッグネームになって以降では、男性では大御所トニー・ベネット、女性ではモニカだけだと思う。トニー・ベネットはある意味納得がいくとしても、恐らく当時ジャズ界でも全く無名だったスウェーデンに住む歌手が、スウェーデン語で歌うジャズをビル・エバンスの演奏で録音するというのは、その時点では一つの事件だっただろう。しかもビルの同名アルバムのリリースから、たかだか3年後のことである。

  Link:  Waltz for Debby / Monica Zetterlund with Bill Evans Trio

実は、その答えに至る挿話が、映画「ストックホルムでワルツを」のクライマックスを担っている。何故、当時無名のモニカがビル・エバンスと競演できたのか、何故彼女はスウェーデン語で歌っているのか。何故彼女が、ジャズの本場で聴衆の心を掴めたのか。そして、今や小さな音楽大国となったスウェーデンで、その先駆者とも言える彼女が、今でも人気がある理由を感じることができるのだ。


物語は、スウェーデンの小さな田舎町、ハーグフォッシュで始まる。離婚をして5歳になる娘を連れ親元に戻っていたモニカは、電話交換手として働きながらもジャズ歌手になる夢を捨てきれない。時折、子供を両親にまかせて巡業に出る娘のことを、父親は快く思わず衝突を繰り返す。そういう日々の中で、ニューヨークでライブをやってみないか、という願ってもないチャンスが舞い込むのだが、そこには厳しい現実と挫折が待っていた。

失意の中、帰国した彼女は、元の生活の中で、スウェーデン語でジャズを歌うことを思いつく。その流れが、たくさんの人との出会いをつくり、スターへの階段を上り始める。しかし順調に見えていた仕事にも大きな躓きがあり、パートナーとの関係の破綻、さらには子供への思いと父親との確執が加わり、酒に溺れ、破滅へと突き進む。

愛と苦悩の果てに底まで墜ちた彼女は、もう一度ジャズ歌手の原点に戻ろうと決意する。自分はいったい何を歌いたいのか。その答えを見出した彼女は、自宅に録音機を持ち込み、ひとりマイクに向かって歌い始める...

  Link:  映画「ストックホルムでワルツを」予告編


実名のミュージシャンも風貌の似た人を使って、たくさん出てくる。最初のニューヨークライブでは当時のトミー・フラナガン・トリオと競演しているが、ジャズの草創期、人種差別がどうであったのかが、よくわかる展開だった。そのときモニカに決定的なダメ出しをするのは、たまたまパブで出会ったエラ・フィッツジェラルドであり、そのモニカを打ちのめしたキツイ言葉が、実はその後の彼女の成功のヒントになるのだ。

しかし何と言ってもこの映画は、主役を務めるエッダ・マグナソンが光っている。モニカの風貌、雰囲気、音楽性をよく表していていた。実は彼女自身、作曲もしピアノも弾くジャズシンガーで、アルバムも出しているらしい。本作が映画初出演ということだが、とてもそうとは思えない堂に入った演技だった。

ストーリーは実在の人物の10年ほどの物語なので、ひねりの少ないハッピーエンドで締めていて、少しもの足りなくもない。しかし、実際のモニカの人生は、さらに波乱万丈だったようだ。結局は映画でハッピーエンドの相手とも破局をむかえ、その後の男性遍歴もすごかったらしい。今でも活躍しているジャズマンの名前も並んでいたりする。そんな彼女も脊柱側彎症のため1997年に引退し、その後は車椅子生活だったと聞く。そして、2005年、ストックホルムの自宅で発生した火災に巻き込まれ亡くなる。享年67だった。

彼女の功績は、人口が1,000万人にも満たないスウェーデンの国民に自信を与えたことなのだろう。その後多くのジャズマンがストックホルムを訪れ、スタン・ゲッツやドン・チェリーのように移住してしまうミュージシャンまで出た。今や、スウェーデンといえば、北欧ジャズの基点になっているし、その自信はポップスやロックの世界にも波及し、アバやロクセットのような世界的なトップ・グループやトップ・アーティストも出るようになる。その先駆者がモニカだったと言っても過言ではない。それが国民的歌手として、今でも愛され続けている所以なのだろう。

この時期、ノーベル賞で賑わうストックホルムの街並みは、テレビでも露出が多くなる。あー、ストックホルムでジャズ。いいなあと、つい思ってしまう。

次はここかな?




<おまけ>

もちろん、サントラ盤も購入しました。いいです。

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「ストックホルムでワルツを 」オリジナル・サウンドトラック

その中の一曲目、映画でも印象的に歌われているスタンダードナンバーの”歩いて帰ろう”は、モニカが1961年、詩人ベッペのつくったスウェーデン語の歌詞で歌った、初のヒットナンバーです。ウォーキング・ベースで始まるアレンジのエピソードも、本編にはあります。この歌いっぷり、ひょっとしてモニカを越えているかも...

  Link:  Sakta vi gå genom stan (Official Video) / Edda Magnason

サントラの8曲目は、ジャズとは言えないけど、映画の中でもモニカの心の表現に使われていた切ない曲です。この映像は、映画とは少し違う、素のエッダ・マグナソンが出ていて、いい感じです。最近の映像なのでしょう。

  Link:  Trubbel / Edda Magnason


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情熱のピアニズム

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先週の日曜日、こればかりは観逃すわけにはいかないと、何とか無理やり隙間をつくって公開されたばかりの映画「情熱のピアニズム」を観にいった。骨形成不全症という病気のためにほとんど歩くこともできず、成人してからも身長は1メートルほどしかなかったが、その桁外れの音楽性と誰からも愛される人間性、尽きることのない好奇心で36年間の短い生涯を全力で駆け抜けたジャズ・ピアニスト、ミシェル・ペトルチアーニの数奇な人生をたどったドキュメンタリー映画である。

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半年ほど前に話を聞いたときからずっと待ち望んでいた映画だったが、封切りの少し前まで東京と名古屋の2館での上映しか決まっておらず、何とか出張を画策してでも観にいこうか、なんて思ったほどだった。先月末、思い出して再度調べたところ、大阪でもテアトル梅田で上映が決まったのを知り、先週になってようやく観ることができた。

  Link:  映画「情熱のピアニズム」予告編

その小さな全身から溢れ出る才能。特徴ともいえる強靭なタッチと、正確かつ縦横無尽な演奏から生まれる、ニゴリのないクリアな音。情熱がほとばしるような生命力、そして何処か翳りを残す叙情性を感じる音楽が映画の全編を包む。

そこに映し出されたミシェルはとても前向きで魅力的だ。そして常に生き急いでいる。僕には時間がない、とつぶやく。20歳まで生きられるかどうかわからないと言われていた彼は、人より短いであろう生涯の中で、あらゆる自らの好奇心を貪欲に満たそうとする。そのパワーは並大抵ではない。健常者が舌を巻くほどだ。通常であれば、僕たちの目からは十分にぶっ飛んでいる錚々たるミュージシャン達がたくさんの証言を寄せているが、ミシェルの前では何処か小さく見えるのだから不思議だ。

女性遍歴もすごい。彼は25歳までは松葉杖を使うこともできず、誰かに抱きかかえられて移動していたが、その相手は選んでいたようだ。自ら口説き、恋におち、共に生活をし、ある時期になると変化を求め離れていく。常に女性問題を抱えていたのだろうが、インタビューに応じている彼女たちは、笑顔でそれを話せるのだから驚きだ。彼は全ての回りの人たちに、今も愛されているのだ。


僕とほぼ同世代のミシェル・ペトルチアーニだが、僕が初めて彼の名前を意識した演奏がある。それは、1990年、当時「歌うヴィーナスの神話」というキャッチフレーズで東芝EMIレコードの"somethin'else"レーベルから世界に先駆け日本デビューを果たしたラシェル・フェレルのアルバム、「ラシェル・フェレル・デビュー!」での一曲だった。

ラシェル・フェレル・デビュー!
ラシェル・フェレル・デビュー!


ラシェルのバックを務めるピアノトリオのメンバーは、名前を聞いてもピンとこない、僕の知らないメンバーだった。まあ、日本盤のデビューアルバムなのだからそんなものか、なんて思ったのだが、最後に一曲、明らかに他の演奏と全てが違うライブ音源「枯葉」が入っていて、思わず聞き惚れてしまった。ボーナストラックというよりも「目玉」というべきこの演奏は、なんともすごい!慌ててクレジットを見て驚いた。この曲だけは、ピアノがミシェル・ペトルチアーニ、サックスがウェイン・ショーター、ベースがスタンリー・クラーク、ドラムスがレニー・ホワイトなどなど。まあ当時の売れっ子、オールスターキャストであり、ライブ時点ではデビュー前の歌手のバックとしてはあまりにすごい面子で、その演奏がもう抜群。う~ん、降参...と唸ってしまった。そして、そのときのピアノの印象は、しっかりと僕の中に焼きついた。

  Link:  Autumn Leaves / Rachelle Ferrell
    (なんと、ライブ映像がありました!!!
     今回わかったのですが、この演奏はマンハッタンプロジェクトという一夜限りの
     ライブプロジェクトに、ゲストとして新人ラシェル・フェレルが一曲のみ
     登場したものでした。ラシェルも並外れた新人だったのですね~。)

それからしばらくして遡って購入したのが、彼の初リーダーアルバム 「MICHELLE PETRUCCIANI」である。1981年、若干18歳のときの作品だが、既に彼の特徴である強いタッチとクリアな音、充実した音圧感は出来上がっていて、素晴らしい音楽を披露している。

Michel Petrucciani
Michel Petrucciani


一曲目の彼自身の曲 ”Hommage A Enelram Atsenig”も、2曲目のマンシーニの“酒とばらの日々”も、さらに後に続くどの曲にも、驚かされたものだ。完成されすぎている。この音楽のどこにハンディキャップを感じる部分があるのだろう。そんな認識は全く必要ない。それどころか、僕と同世代のどのジャズ・ミュージシャンよりもはるかに高みに上っている。そして何よりも明るく元気になれる音楽だ。そのときの印象でずっとこの映画まで来たのだった。

  Link:  Hommage A Enelram Atsenig / Michel Petrucciani
  Link:  Days Of Wine And Roses / Michel Petrucciani

映画では、どうしてピアノなのか、誰の影響を受けたのか、散々聞かれ、言いよどむ場面が何度かあった。答えはいろいろだったが、ほんの一瞬、うつろな表情で「ビル・エバンス」とつぶやく場面が出てくる。僕は初めてこのアルバムを聴いたとき、明らかにビルの影響が大きいと思った。きっと彼の中でのアイドルだったのだろう。しかし、初期のごろ、散々回りからその点を指摘され、素直にそうは答えられなくなったのではないだろうか。その後の彼は、まさに彼でしかありえないスタイルの確立がそのテーマだっただろうから...それにしても、このアルバム、ビルの死と時期を同じくして録音されリリースされていることにも、因縁めいたものを感じる。

この直後にアメリカに渡り13年間。最初は西海岸、そしてニューヨークへ出て、フランス人として初めてブルーノート・レーベルと契約することになる。この時代のアルバムは、次々とビッグネームと競演を果たし、人生を謳歌すると同時にひたすらジャズを楽しんだ時代のものだ。しかし、もう一枚をあえて挙げるなら、晩年ヨーロッパに戻り充実した音楽を確立し、1997年、最後のトリオでの最後の正式アルバムとしてリリースされたライブ盤、「Trio in Tokyo」だろう。

Trio in Tokyo / M.Petrucciani, S.Gadd, A.Jackson
Trio in Tokyo / M.Petrucciani, S.Gadd, A.Jackson


これは、最晩年のミシェルが最も信頼を寄せたドラムスのスティーブ・ガッド、ベースのアンソニー・ジャクソンと組んだスーパー・トリオによる、1997年11月に行った東京ブルーノートでのライブ盤だ。

映画でも流れていた2曲目の”September Second”では、いつも陽気な彼の心の奥底にある憂いをより強く感じるし、3曲目の”Home”では、もう一方の心の安寧を感じる演奏でもある。どの曲も、三位一体での素晴らしい演奏であり、思わず脱帽すると共に、このライブを生で観賞したであろう人たちに、羨望の思いを感じてしまうのだ。

  Link:  Michel Petrucciani - Live In Concert - September Second
  Link:  Home / Michel Petrucciani

最晩年、進行する病と戦い、人より早く進む老化とも戦い、心肺の機能低下とも戦いつつ、強いタッチがゆえにすぐに骨折する腕をかばいながらも、過酷なスケジュールをこなしていた。友人たちも忠告したが、彼にはもう時間がない、という思いしかなかったのだろう。1998年の年末、遠征先のニューヨークで体調が悪化して肺炎になり、翌年1月6日に亡くなった。36歳だった。

今回、時系列で様々なアルバムを聴く中で、彼の生み出す音楽の意識やレベルは、その最晩年に向かってどんどん高まっていくことを実感した。もう少し長く生きていれば、どんなに素晴らしい音楽を生み出してくれていたのだろう...

彼は今、パリのペール・ラシェーズ墓地で、フレデリック・ショパンと並んで、静かに眠っている。

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Calling you

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先日のこと。あるお店で買い物をしている時にどこからともなく聞こえてきた4つのピアノの音にハッとした。メロディーではなく、ゆったりとした伴奏の4音。たったそれだけで、頭の中にはその後に続く音楽の世界がフワーッと拡がって、少し和らいだ気分になった。それは、ホリー・コール・トリオ、”Calling You”の冒頭の一小節だった。

  Link:  Calling You - Holly Cole Trio

この曲をラジオか何かで初めて聴いたのもこの演奏だったと思うが、シンプルで美しい音形が発するその独特な清新さに衝撃を受けたことを覚えている。もっとしっかりと聴きたい。そういう思いから、当時ジャズの枠組みを越え、大いに売れていたHolly Cole Trioのアルバム「Blame It on My Youth」を購入した。もう20年も前の話だ。

Blame It On My Youth / Holly Cole Trio
Blame It On My Youth / Holly Cole Trio


カナダ出身のジャズ・シンガー、ホリー・コールの3作目に当たる1991年録音のこのアルバムは、歌とピアノとベースというシンプルな構成でホリー・コールの歌をたっぷりと聴かせるアルバムで、ちょっと怪しんでいたのだが、きっちりと「ジャズ・アルバム」だった。

このアルバム全体を通じたピアノの音の美しさを冒頭から予感させてくれる1曲目の"Trust in me"、ジャズらしく少し自由な雰囲気の中で歌う2曲目の"I'm gonna laugh you right out of my life"、ベースに独特の奏法でパーカッションやギターの役割も担わせ、チャップリンの名曲をじっくり歌った、4曲目の"Smile"などなど...彼女の世界を堪能させてくれるアルバムだ。

  Link:  Trust in me - Holly Cole Trio
  Link:  I'm gonna laugh you right out of my life - Holly Cole Trio
  Link:  Smile - Holly Cole Trio

しかし、やはりこのアルバムは6曲目の"Calling You"の印象が強烈で、今でこそ他の曲をこうやって同じように楽しめるているが、購入当時はほとんどこの曲の印象ばかりが先行するアルバムだった。僕は輸入盤を買ったのでよくわからないけど、恐らく日本盤は「コーリング・ユー」なんてタイトルだったりしたんだろうな...

「コーリング・ユー」が、1987年の西ドイツ映画「バグダッド・カフェ」のテーマ曲だと知ったのは、このアルバムを購入後しばらくたってからだった。僕はそのことを知ってからも、てっきりホリー・コールの歌が、そのまま使われている位にしか思っていなかったのだが、この素晴らしい曲が映画のテーマ曲となると、ぜひその映画も観てみたくなる。この映画が日本で公開になったのは1989年。ミニシアターブームに乗って話題になっていった時期と、ホリー・コールのアルバムの発売はほぼ重なり、それもこの曲のヒットにつながったのではないかと思う。

それにしても「バグダッド・カフェ」...何て魅力的なタイトルなんだろう。その得体の知れない感じが「観たい」気分を一層駆り立てる。しかも”コーリング・ユー”がテーマ曲。その後、期待に胸を膨らませ観たその映画は、何とも心温まる、そして実に音楽と一体になった名作だった。

映画の舞台はアメリカ。ラスベガスとロスアンジェルスを結ぶルート66沿いに広がるモハーヴェ砂漠にポツンとあるモーテル”バグダッド・カフェ”だ。いつも不機嫌な女主人ブレンダは、いい加減な夫と、とんでもない子供たちを抱え、うんざりするような毎日を送っていた。そこに、夫婦でドイツからラスベガスへの旅行中、車上でのけんかが原因で、砂漠の真ん中、車を飛び出したドイツ女ジャスミンが現れ部屋を借りる。いつもとげとげしいブレンダは、そんなジャスミンを怪しみ追い出そうとするのだが...

”コーリング・ユー”の歌詞は、この映画の情景をそのまま歌ったものだ。冒頭からの様々な情景。その殺伐とした雰囲気の中に少しずつ現れる希望。音楽は映画と共に進み、映画の印象を決定付ける大きな要素にもなっている。

そのテーマ曲はホリー・コールのものではなかった。アメリカのゴスペル・シンガー、ジェベッタ・スティールが歌う「コーリング・ユー」こそが原曲だったのだ。この曲は、映画では多くは語らない二人の主役の心の声だった。静かな伴奏も、途中入るハーモニカの音も、この情景に素晴らしく映える。そして最後には、暖かな思いが残る、そんな映画と音楽だった。

  Link:  BAGDAD CAFE - Calling You by Jevetta Steele

実は今日もDVDでじっくり観直したんだけど、その後で最初のホリー・コールのアルバムを聴くと、少し違和感があったりもする。やはり映画には、本家ジェベッタ・スティールの盤が生み出す感情の高まりが必要だし、哀愁を感じるハーモニカも欠かせない...まあ、仕方ないかな。完全に映画と一体になった音楽なのだから...

しかし、気持ちを切換え、改めてホリー・コールの盤を聴くと、本家には無い独特の澄んだ空気が漂いはじめ、これはこれで全く別の世界がしんしんと形作られていくのだ...好きだな。この世界。

ところでホリー・コールのこのアルバムには不思議なところがひとつある。購入以来ずっと気になっていたことだ。それは、このアルバムのタイトル「Blame It On My Youth」。このタイトルは、ナット・キング・コールも歌った有名なスタンダード・ナンバーのタイトルで、当然その曲がこのアルバムにも入ってるって誰もが思うと思うんだけど...なんと入ってないのだ。考えられることは、当初入れるつもりだったんだけど、編集の途中で、演奏者の誰かが「この曲のここ、気に入らない。外して~」なんて駄々をこねたとか...その時点では、アルバムタイトルは決まっていて、既に宣伝も始まっていた...なんてことくらいだけど。ちなみに、このタイトル曲、彼女の別のアルバムに入っているらしい。う~ん、わかりません。誰か教えてください!

ちなみに日本語にすれば”若気の至り”ってところでしょうか。あっ、掛けてたりして...


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フラメンコ・フラメンコ

Posted by Jerrio on   0 comments   0 trackback

先週の日曜日、ある友人の推奨映画である、スペインの名匠カルロス・サウラ監督の「フラメンコ・フラメンコ」を観に行った。フラメンコといえば「フラメンコギターに合わせ、ドレスを着た女の人がカスタネットを鳴らし踊る」という、恐ろしく画一的なイメージしかなかったのだが、何故か無性に「観に行きたい」という思いに駆られた。上映している映画館を探してみると、なんと関西では神戸と大阪の2館のみ。幸いなことに、梅田スカイビル・タワーイーストにあるガーデンシネマで上映中、ということで躊躇なく出かけられた。

それにしても素晴らしい「芸術作品」だった。大都会の大きなホールと思しき場所に舞台をしつらえ、全21幕の踊りと音楽のセッションを「光と影」を駆使して撮影している。恐らく「フラメンコ」のあらゆるバリエーションを含んでいるだろう一大絵巻であり、予備知識もほとんどなく、ただただ入れ替わり立ち替わり繰り広げられるセッションに目と耳を奪われ続けた。

そこから立ち上る香りは、僕の全く予想していないものだった。それは、スペイン南部・アンダルシア地方に伝わるこの芸能の裏にある、土のにおいであり、血のにおいだ。そこには、恋人、家族、民族の間に溢れ返る愛と情念があり、生と死がある。

その歌は心の声であり魂の叫びだ。独特の節回しを最初に聴いたとき、まるでコーランのような印象があった。調べてみると、その由来はスペイン・ジプシーにあるようだが、確かにイスラムの流れも一部汲んでいるらしい。しかし何といってもフラメンコの特徴はリズムにあるのだろう。フラメンコギターは音階やコードを弾くためというよりも、むしろリズムを形作るためにある。演奏するときに発する様々な音は全て重要な要素なのだ。

出てくる打楽器は、カホンという木の箱状の楽器のみ。そこに足を広げて座り、前面をたたいて音を出す。さらに重要なのは、手拍子と足拍子。全ての人がリズムを共有することで、一体感が生まれ、感情までも共有できるのだ。映画の中でカスタネットは最後まで出てこなかったが、そのことが、この音楽の人間くささをより感じさせてくれたようにも思う。身体から直接発する音こそが、その演出にはふさわしいのだと納得した。

そうした音楽の中で繰り広げられる踊りは、もちろん素晴らしいの一言。特に最初に現れたフラメンコ界のカリスマダンサー、サラ・バラスは別格だった。その舞踊は息を呑む美しさであり、目を奪われ我を忘れ、踊り終わった瞬間、思わず拍手をしそうになった。

同様に、伝統的なフラメンコギターに、ジャズやクラシックギターの要素を大胆に取り入れ、その奏法を革新的に発展させたパコ・デ・ルシアも別格であり、その素晴らしい演奏はオーラを放っている。彼の偉大さは、周囲の若い共演者たちの尊敬の念のこもったまなざしから十分に感じられ、新しい世代にリアルタイムに引き継がれる「生きた芸能」であることを実感させてくれた。

ここで展開された全21幕は、人の誕生から晩年、そして再誕までを描いたものだったということは、後になって知ったことだ。そんなことは知らなくても十分に楽しめ、満足満足!......とは言うものの、そういう観点で、もう一度観てみたい。そんなことも思わせてくれる作品だった。

  Link :  映画『フラメンコ・フラメンコ』予告編


さて、今日は、映画の中でもオーラを放っていたパコ・デ・ルシアが、かつてフュージョンの世界で、やはりオーラを放ちまくっていた僕の愛聴盤を紹介しよう。学生時代に友人の部屋で何度も聴き、そのあまりにかっこよかった演奏を再び聴きたくて随分前にCDで購入した、1981年のアルバム、スーパー・ギター・トリオ(アル・ディ・メオラ、ジョン・マクラフリン、パコ・デ・ルシア)ライブ!「フライデイ・ナイト・イン・サンフランシスコ」だ。

フライデイ・ナイト・イン・サンフランシスコ~スーパー・ギター・トリオ・ライヴ!
フライデイ・ナイト・イン・サンフランシスコ~スーパー・ギター・トリオ・ライヴ!


とにかくこのアルバム、一曲目の"Mediterranean Sundance / Rio Ancho"で決まりだ。

  Link:  Mediterranean Sundance Friday Night in San Francisco (full)

アル・ディ・メオラの曲”地中海の舞踏”の中にパコ・デ・ルシアの楽曲を埋め込み、演奏も右チャンネルからアル・ディ・メオラ、左チャンネルからパコ・デ・ルシアの音が鳴る。二人の対決であり融和でもある掛け合いを、息を呑んで聴く。あー、なんて...すごいん...だろう。終盤に向けて気持ちはどんどん高まっていき、ライブを観ている観客と同じ気分になる。演奏の終了と共に上がる歓声は、自分の中の歓声とも重なるのだ。何度聴いても興奮する演奏だ。


そういえば、この映画とは全く関係ないのだが、先月、楽器屋さんでたまたま手にしたヤマハのサイレントギター(クラシックタイプ)を衝動買いしてしまった。ギターは何本かあるのだが、全てスチール弦のもので、ナイロン弦のギターはかつて所有したことがなかった。いつか購入して、ボサノバでも練習してみようかな、なんて思い、時々楽器屋さんをのぞいていたのだ。

その日も触手の伸びるギターはなかったのだが、初めて手にしたサイレントギターを弾きながら、まあ最初の練習用のギターならこれもいいかも、なんて思った瞬間、なんだか欲しくて欲しくてたまらなくなり、エイヤ!っと買ってしまったってわけ。おまけに爪の伸ばし方も左右で変えてみたりして...時々ポロポロやっているのだが...うーん、さすがにフラメンコの早弾きは、ちょっと手が届きそうにない。弦もハード・テンションじゃなくてノーマルだし...なんて言い訳をしつつ、フラメンコの誘惑を振り払い、今日ものんびりボサノバギターの本を眺めるのであった...まる。

サイレントギター



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