Jerrio's Music Cafe

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長い休日

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久しく書いていなかった。いや、書けなくなっていたというのが正確だろうか。気がつけばそこから一年近くたっていた。

先日思い立って、これまで書いてきた内容を、最初からぱらぱらと追ってみた。だんだん先細りしてはいるものの、毎月必ずアップしてきた文章は膨大だった。紹介した愛聴盤も300枚近くはあるだろうし、楽曲はさらに多いはずだ。区切りの年齢を目前に、様々な思いの中で書き始めた文章には、その時々の感情がベールに包まれ、そっと置かれていた。そこで紹介した音楽も含め、その文面を振り返ることで、表現の外にある当時の思いが手繰り寄せられ、この5年間の自らの意識の変遷を思いがけず認識した。

何故書けなくなったのか、よくわからなかった。でも今ならその背景にあった複合的な理由を読み解くことができる。とてもパーソナルことなのだが...

やめてしまうことは簡単だったが、どこかで再開したいと思っていたのだろう。頭の中には、再開時に紹介したい音楽が溢れ始めていた。その中の一つが、今日のアルバムだ。タイトルは「日曜日」。休日の終盤のけだるさを漂わせつつ、その終わりを惜しむかのようなダウナーな雰囲気のアルバムであり、長いお休みを抜けるときの最初の一枚はこれかな、と何となく思っていた。でも、そうは思っても、何も前には進まなかったんだけど...


そんなことも忘れていた先週の土曜日。午前中、何気なくリオ五輪の開会式を眺めていた。とは言っても見始めたときには既に選手入場が始まっていたので、開会式の前半は完全に見逃していたようだ。選手入場も終わって、聖火ランナーが現れる前にリオらしくサンバが始まったのだが、そこでなんと、あのカエターノ・ヴェローゾが歌っているではないか。しかも歌姫アニッタを挟んで、盟友ジルベルト・ジルと一緒に、である。

白髪のカエターノも、既に74歳。それはそれでびっくりするが、こういう場に登場するということにも少し驚いた。リオといえば、やはりジョビン。トム・ジョビン(アントニオ・カルロス・ジョビン)がフィーチャーされた出し物があるのかな、とは思っていたんだけど。

広大な会場の円いステージの上で、懸命に歌うカエターノを見ていて、なんだか少しうれしくなった。そして、前述のアルバム「Domingo」(ポルトガル語で「日曜日」の意味)を引っ張り出し、その奇跡のような音楽をしばらくぶりにじっくり聴いた。1967年にリリースされ、12曲がコンパクトに納まったこの一枚は、いい気分で聴いているとあっという間に終わる。最後の曲のあと、空白の時間の中で、ああ、もう終わってしまった、と思った時、それこそが「日曜日」の持つ寂しさに近い気がした。そしてその瞬間、何かがつながった。

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Domingo / Caetano Velloso & Gal Costa

アルバム「Domingo」は、25歳のカエターノ・ヴェローゾと22歳のガル・コスタのデュオ・アルバムであり、二人のデビュー作でもある。初めてこのアルバムに出会った時、その意外な内容に驚いた記憶がある。若い頃のカエターノ・ヴェローゾと言えば、サイケデリックで前衛的で、既成概念をぶち壊す尖がった才人という印象が強かったので、そのアルバムから立ち上るやさしい雰囲気が、あまりに予想外だったのだ。

当時のブラジルは、クーデターによって軍事独裁政権に突入していた頃であり、カエターノ・ヴェローゾは1968年にリリースした自らの初のソロアルバムで「トロピカリア」と呼ばれる音楽ムーブメントを提唱、ビートルズの先進性に触発され、ブラジルの伝統音楽の再評価と共に、ロックをベースにしたブラジル・ポピュラー音楽の新たな進化をぶち上げた。その流れは様々な芸術活動や言論活動とも結びついて軍事政権下での火種となり、その年末には盟友ジルベルト・ジルと共に逮捕され、翌年二人はロンドンに亡命する。1972年に帰国して以降は、常に国際基準の新しいブラジル音楽を発信する存在として、ブラジルのポピュラー音楽界を引っ張ってきたのだろう。

そんな流れと一線を画すデビューアルバム「Domingo」は、意外にもとてもオーソドックスなボサノヴァアルバムのように見える。しかし考えてみれば、1967年にはもうブラジル本国ではボサノヴァはほとんど廃れていた頃で、ブラジルを離れ、欧米でイージーリスニングやジャズと結びついて発展していた。しかし、彼が信奉していたのは頑固なまでに自分の音楽を貫くジョアン・ジルベルトであり、欧米の安易な流れに迎合するボサノヴァの変節を許せなかったようだ。

即ち、このアルバムの音楽はボサノヴァの原点回帰、ジョアンが生み出した頃の心を取り戻すボサノヴァを実現して見せたアルバムでありながら、その直後に自らブラジルのポピュラー音楽界に大激震を起こすことを思えば、まさにリアルタイムな流れでの最後のボサノヴァ・アルバムだった、と言うことができる。

その一曲目、「コラサォン・ヴァガブンド」は、それにふさわしいボサノヴァの名曲であり、僕の大好きな曲だ。

  Link:  Coração Vagabundo / Caetano Veloso & Gal Costa

ガル・コスタとカエターノ・ヴェローゾが重なることなくワンコーラスずつ囁くように歌うこの曲は、何故か妙になまめかしい。この音楽を、「情事の後のけだるい雰囲気」とはよく言ったものだが、明らかにジョアン・ジルベルトを意識したような音楽に、思わずにんまりしてしまう。

もう一つの特徴は、「アヴァランダード」や「カンデイアス」、「ケン・ミ・デーラ」などで感じられる、まるで古い欧州映画でも見ているような音楽とその表現である。それが、ガルやカエターノの声とマッチして、とてもいい雰囲気を作っているのだ。

  Link:  Avarandado / Caetano Veloso & Gal Costa
  Link:  Candeias / Caetano Veloso & Gal Costa
  Link:  Quem Me Dera / Caetano Veloso

二人の名義のアルバムなのに、決して二人の声は重ならないし交わらない。それが、最後の曲「サベレー」で初めて、重なるのだが、そのハッピーな感じも、やはりうんと控えめである。

  Link:  Zabele / Caetano Veloso & Gal Costa

ジャケットには、発表当時「ガル・コスタによるカエターノ曲集」と書かれていたそうだが、このアルバムを聴いたトム・ジョビンはカエターノに対し、「君はコンポーザーとしてではなく、歌手として歌っているじゃないか」と絶賛したらしい。それは、恐らくカエターノ自身の意識が大きく変わった瞬間だったのだろう。

当時カエターノ・ヴェローゾはこのアルバムのことを、「ノスタルジックにボサノヴァを考えているのではなく、未来への展望として考えている」と語ったという。彼にとっては、当時のこのアルバムでの表現も、その後のトロピカリアの展開も、同じ方向を見据えたものだったということなのだろう。

オリンピックの開会式で目にした映像から、僕の中で何かが動き出した。止まっていた時計のネジを再び巻くように、止まっていた日付を更新しよう。長い休日は終わりを迎えたようだ。新しい一歩が、また今日から始まる。


<追記>

ジョアン・ジルベルトを熱烈に信奉していたカエターノ・ヴェローゾは、それから33年後の2000年に、ジョアンの新しいアルバムをプロデュースしています。そのアルバム「声とギター」は、ジョアン・ジルベルトがギター一本で弾き語るアルバムで、現時点でジョアンの最も新しいスタジオ録音盤です。

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声とギター / ジョアン・ジルベルト

ジョアンはその中で、アルバム「Domingo」の一曲目、若きカエターノ・ヴェローゾが最初に世に出した「コラサォン・ヴァガブンド」を演奏しています。譜割をジョアン流に変えた変幻自在の演奏は、自由溢れる音楽に仕上がっていますが、これはカエターノ・ヴェローゾにとって、若い頃に見た夢の実現だったのかも知れません。

  Link:  Coração Vagabundo / João Gilberto & Caetano Veloso



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ドレス一枚と愛ひとつ

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春を感じさせてくれるもの。その一つに、明るく響く弦楽合奏の音がある。誰もがそういう気分になるのかどうかはわからない。ただ僕自身のその感覚には、思い当たる記憶がある。

学生時代、3回生の3月末にチャイコフスキーの「弦楽セレナーデ」を、4回生の3月末にはドボルザークの「弦楽セレナーデ」を演奏した記憶だ。どちらもその演奏会のためだけに、近くのK大のOBを中心に結成された小さなオーケストラでの演奏だったが、特に4回生の時は確か卒業式の翌日が本番で、その二日後には引越しの荷物を送り出し、チェロだけを抱えて福岡の地を後にした。どちらもアマチュアにとっては難曲で、演奏会までの練習も思い出深いが、その音は、桜の季節とも重なる期待と不安、別れと出会いの記憶と交じり合い、春を想起させる導線になっているのだろう。

思えば、僕の大好きなあの曲もまた、弦楽合奏に乗せた優しい声で、しばしば春を感じさせてくれた。初めて出会って20年近くになるだろうか。何度聴いても胸がいっぱいになる、僕にとっては宝物のような曲。弦楽合奏と言ってもクラシックの曲ではない。ボサノバ以降のブラジリアン・ポップを牽引し、70歳を超えた今なおその中心で活躍する偉大なミュージシャン、カエターノ・ヴェローゾが、1994年にリリースしたアルバム 「粋な男(Fina Estampa)」に収録されている “ドレス一枚と愛一つ(Un Vestido Y Un Amor)” だ。

  Link:  un vestido y un amor / caetano veloso

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粋な男 / カエターノ・ヴェローゾ

カエターノ・ヴェローゾの音楽を認識したのは1997年、当時リリースされたばかりの彼のアルバム「リーヴロ」が音楽雑誌で取り上げられているのを読んで興味を持ってからだった。ブラジル音楽といえばボサノバの名盤くらいしか聴いたことがなかった頃だが、ちょうど仕事で新しい音をひたすら求めていた時期で、米・英発の音楽だけでは行き着けない領域にこそ、斬新で新鮮な何かがあるような気がしていた。

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リーヴロ / カエターノ・ヴェローゾ

「リーヴロ」の帯には「デビュー30年」とあって、カエターノも既に50代半ばだったが、そのアルバムに詰まった音楽の放つ香りは鮮やかで、リズムセクションにはブラジルの伝統楽器をちりばめながらも、先進的で斬新な音や音楽の要素が随所に盛り込まれていた。さらに、現在でもポピュラー・ミュージックの世界で最高のチェロ奏者であり、アレンジャーでもあるジャキス・モレレンバウムのプロデュースによる素晴らしいオーケストレーション。その上に、カエターノの優しく甘い声が乗る。もう僕は瞬く間にこの稀代のクリエーターとその音楽の虜になり、すぐにそこから遡って3年前に発売されていたアルバム「粋な男」に行き着いたのだった。

「粋な男」は、今にして思えばカエターノの企画盤ともいえる。オリジナルメインで数々の作品をリリースしてきた彼のアルバムの中では異質の、全曲スペイン語で歌われるラテン懐メロの集大成なのだ。とは言っても、日本人の僕にとってはほとんど知らない音楽であり、カエターノの優しい声と、ジャキスの美しいオーケストレーションによって彩られた、立派なオリジナルアルバムだと感じていた。

これらの曲はカエターノの子供時代、まだブラジル音楽がラテン音楽そのものだった頃、ラジオからよく流れていたのだろう。ブラジル音楽がラテン音楽から離れ始めたのは、恐らくはボサノバからであり、その後MPB(ブラジリアン・ポップミュージック)が広がって以降は、独自の進化を遂げていった。そして、その先導役こそがカエターノ本人だったのである。

このアルバムでカエターノは、アルゼンチンやキューバ、メキシコ、ペルー、プエルトリコなどの、20世紀前半のラテン音楽の定番をバリエーション豊かに選んでいるが、その中に1曲、新しい曲を忍ばせていた。その曲こそが、“ドレス一枚と愛ひとつ” で、このアルバムの2年前にアルゼンチンのロック系シンガーソングライター、フィト・パエスがヒットさせた曲だったのだ。当時アルゼンチンローカルのこの曲の永遠性をカエターノは見逃さなかったのだろう。確かに、このアルバムの中にあっても、何の違和感も無い。むしろ、ジャキス・モレレンバウムの構築した弦楽によるオーケストレーションは、カエターノの表現するロマンティシズムをしっかりと支え、本アルバム屈指の音楽に仕上がっている。

タイトルがまたいい。スペイン語なので、歌詞の内容はよくわからないが、インナーブックに収められた日本語訳は、遠く離れた異国の地(恐らくスペインだろう)で出会った女性に向けて語られている。その内容は、多分に内省的で、少し感傷的だ。終盤、タイトルに繋がる「君の荷物は、ドレス一枚と愛ひとつ」という文言が出てくるが、これはその女性に求める物。ただそれだけでいい、という思いなのだろう。

この曲は、カエターノの選曲によってグローバルに認知された。そして、そのときから20年近くたった今も、世界中の多くの人に愛され続けている。


春を感じさせてくれるもの。明るく響く弦楽合奏に乗った“ドレス一枚と愛ひとつ”。何日かぶりに降り注ぐあたたかい陽射し。カップに注がれたアールグレイの香り。何気ない春の休日、時はゆったり、流れていく。



<追記1>

“ドレス一枚と愛ひとつ”の作者のフィト・パエズはアルゼンチン・ロックの3大スターの一人ですが、カエターノより20歳近く若く、この曲がヒットした当時は、まだ20代でした。その後、映画監督や俳優もされたようですが、50歳を超えた今も、彼の本国での人気は衰えていないようです。Youtubeで見つけた2年ほど前のリサイタル映像でのこの曲を観れば、その人気の程がわかります。この曲を、客席のお客さんは、最初から当たり前のように一緒に歌っています。感動的です。(ほかのライブ映像でもそうでした。愛されている曲なのでしょうね。)

フィト・パエズが1993年にリリースした、この曲の入ったアルバムと共に、映像も紹介しておきます。

  Link: Un Vestido Y Un Amor / Fito Páez

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El Amor Despues Del Amor / Fito Paez


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コーヒーはサンバとともに

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あー、コーヒー飲みたい...一日に何度かつぶやいてしまう言葉だが、今の気分はやっぱりサイフォンかな。

そう思いながらまずは豆とミルを手にとる。かつては手動のミルでゴリゴリやっていたんだけど、最近は堕落して電動ミルを使い始めた。味気ないけどあっという間に終わる。

フラスコにお湯を入れ、ロートに濾過器をセットして挽きあがったコーヒー豆を入れる。点火したアルコールランプの炎をフラスコの下面に当てて、フラスコとロートを密着させれば準備完了だ。

サイフォン

穏やかな気分でお湯が温められるのを静かに眺めていると、お湯の中の対流の様子が、ゆがみの濃淡から見て取れるようになる。フラスコの目盛り線とも相まって気分は楽しい理科の実験、というところだろうか。

やがてロートにお湯が上がってきて、コポコポと湯気が吹き始める。ここからは竹べらを使った秘技が始まるのだが、それは割愛しよう。出来上がったコーヒーは薫り高く、僕の思う「正しい珈琲」の味がする。

とは言っても結構面倒くさいサイフォンだては、のんびりとした休日の午後、気分が向いたら、という感じで、普段はもっぱらペーパー・ドリップ式でお茶(コーヒー?)を濁している。

ペーパードリップ

夏場もホットでいきたいところだが、やはりアイスで飲みたいときもある。そんな時に数年前から重宝しているのが 、ネスプレッソのカプセル式マシンだ。これで風味の強いカプセルを選んでエスプレッソを作り、たっぷりと氷を入れたグラスに牛乳とともに注ぐ。もちろん牛乳を泡立てていればなおいい。これでつくるアイスカフェラテにここ数年はまっている。とてもおいしくて、まあスタバ並みといったところかな。もちろん、通常のエスプレッソやコーヒーとしても食後を中心に活躍してくれている。

ネスプレッソ

最近売っているマシンはレトロデザインだが、僕が購入した頃はモダンなデザインが主流だった。カプセルは梅田に出たときに阪急百貨店でまとめ買いするのだが、豆の種類によって色の違うカラフルなカプセルがクリアボックスにいっぱい入っていると、とても安心する。本当にお手軽に、当たり外れのないおいしさを味わえるという点では、超お薦めだ。(まあ一度、試飲に行ってみてください。)


と色々書いてきたが、一日に何回もレギュラーコーヒーばかり飲んでいるわけではなくて、僕はこれにインスタントコーヒーを併用している。と言っても、気持ちとしては全く別の飲み物という認識だ。決してレギュラーコーヒーの代用ではない。銘柄はマキシムで、そこは子供の頃から変わっていない。それはそれでおいしいと思う。飲み慣れた味だ。

インスタントコーヒーといえば、印象的に思い出すのが林真理子がまだ直木賞を受賞する前に書いた自伝的小説「星に願いを」だ。そこにはこういうシーンが出てくる。

「まずは少し多いめぐらいの粉を入れ、ほんのわずかな熱湯をそそぐ。そしてこれをスプーンで力を入れてかき回す 。ぷぅーんとコーヒーの香りがしたら、後は八部目まで湯を入れればいい。こうするとインスタントだとは思えないほどの味と香りがする。」

主人公キリコが、出社してくる好きな男性社員のために、毎朝ゴリゴリと20回以上インスタントコーヒーを力いっぱいかき回す姿を想像すると、自伝的小説だけに相当迫力があって引いてしまいそうになるが、僕も当時はまだ独身の頃で、確かに随分おいしくなるような気がして、毎日ゴリゴリかきまわしていた。この本を読んでもう30年近く経つが、今でもこの習慣は続いている。


ということで今日の一枚。ワールドカップ・ブラジル大会も目前で、コーヒーの話題となると、やはりこれ。ジャケットを見るだけで思わずコーヒーを飲みたくなるアルバム。ブラジル音楽界のレジェンド、サンバ界の永遠の至宝、カルトーラのサードアルバム、「愛するマンゲイラ」だ。

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愛するマンゲイラ / カルトーラ

このジャケットのおっちゃんこそがカルトーラだが、リリース時点の1977年で既に69歳である。初レコーディングはその3年前、66歳のときだが、そのずっと前から歌手として作曲家として、つとに有名だった。

タイトルにある「マンゲイラ」はリオの有名なエスコーラ・ジ・サンバ(本格的なサンバチーム)の名前だが、カルトーラはその創立者の一人で、初代ハーモニー監督も務めていた。創設は1928年。翌年にはカルナヴァルのサンバコンテストでマンゲイラが優勝し、音楽面を仕切っていたカルトーラは一躍有名になった。ちなみにマンゲイラのチームカラーはピンクとグリーンで、それを発案したのもカルトーラ自身だったそうだが、このジャケットのデミタスカップとソーサーの色は、まさにマンゲイラの色なのだ。

そんなカルトーラの声はというと、このジャケットとは似ても似つかない優しい甘い声だ。彼の生み出す音楽は美しいメロディーラインを持つ抒情的なものが多く、サンバの誇りを宿しながらも、その枠を超え、人生を感じさせる音楽になっている。

1曲目はタイトル曲「愛するマンゲイラ」。まさにマンゲイラの賛歌だ。緑は、青空・野原・森林・海のイメージで、ピンクは頬が赤く染まったときの色に似ていると彼は歌う。「緑とピンクがミックスしたら、それはマンゲイラ」と、その訳詩はまるでコマーシャルソングのようだが、甘い声とコーラスは、サンバ独特のリズムに乗って、心楽しくも緩やかで落ち着いた気分を演出してくれる。

  Link:  Verde Que Te Quero Rosa(愛するマンゲイラ)/ Cartora

3曲目の「囚われの心」は、カルトーラの音楽の抒情性をよくあらわしている大好きな曲だ。素晴らしいメロディーと熱唱で、彼は泰然と愛を歌っている。

  Link:  Autonomia(囚われの心)/ Cartola

6曲目「過ぎ去りし日々」も、このアルバムの全体を覆っている楽しい雰囲気だが、実はその歌詞は意外なものだ。例えば「かつてはこの近くの踊り場で、マランドロたちが毎日サンバを踊っていた。それから何年かたち、私たちのサンバはエラくなってしまった。上流階級のサロンまで、サンバは恥も知らず入っていく。もはやサンバはよその世界に旅立ってしまった。」といった具合で、ひたすらサンバの変節を嘆いているのだった。

  Link:  Tempos Idos(過ぎ去りし日々) / Cartola

一方で7曲目の「詩人の涙」では、「マンゲイラでは詩人が亡くなった時はみんなが泣いてその死を悼んでくれる。私がマンゲイラで幸せに暮らせるのも、死んだ時に泣いてくれる人が必ずいることを知っているからだ。」と歌う。彼はこのアルバムの3年後、4枚のアルバムを残し、72歳で亡くなったが、浮き沈みの激しかった人生を振り返った、正直な思いだったのだろう。

  Link:  Pranto De Poeta (詩人の涙) / Cartola

最後の曲「ふたり」は、人生をともに生きたドナ・ジッカとの結婚記念に作った曲だそうで、彼の優しい声が、彼の思いとともにアルバムを締めくくっている。

  Link:  Nos Dois(ふたり) / Cartola

晩年、ようやくアルバムの形で我々も触れられる音楽を世に出すに至ったカルトーラだが、その顔には、まさに彼が歩んできた人生が刻み込まれている。マンゲイラとともにサンバを育てた自負と、少し違う方向に進もうとしているサンバへの複雑な思い。1920年代や30年代のブラジルでの黒人の立場を考えると、その苦労は相当なものだったのだろうと十分に想像できる。しかし、月日は流れ、苦い思いもサンバのリズムと素晴らしい音楽に包んで、デミタスカップでぐいっと飲み干す。このジャケットって、そういう感じなのかもね。


さて、ワールドカップも来週から始まり、いよいよブラジルに衆目が集まる。日本の裏側のブラジルは、実は冬。とは言え、常夏の国だから、むしろさわやかな風が吹いているのかもしれない。30年近く前にこの世を去ったカルトーラの憂いは杞憂となって、サンバのリズムは訪れる人々を幸せな気分で包んでくれていることだろう。



<おまけ>

ネスプレッソは、最近ジョージ・クルーニーの海外版CMをそのまま使って元気です。

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サヴァ?/ Ça va?

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学生時代、英語が大の苦手だった。語学自体に興味もなく、高校受験や大学受験のために必要最小限のことを渋々学んでいる感じだった。もちろん英語で会話なんてできる気がしなかったし、その必要性さえ感じていなかった。ましてや、英語以外の言葉なんてどこか別の世界の話だった。それでも大学に入れば英語だけではなく第2外国語の授業まである。僕の学科はドイツ語が必須だったが、そんな感じだったので単位が取れたのが不思議なくらいだった。

社会人になって、仕事の中で英語が必要な事態に直面して初めて、「しまった、もっと真面目にやっておけばよかった」と思ったが、もう遅かった。語学に対するセンスは一朝一夕で磨かれるものではない。周囲には英語だけでなくそれ以外の外国語を流暢に使う人もいて、日頃、礼節をわきまえた日本人然とした人が、いざ外国語を使い始めると、人が変わったように積極的な国際人に変貌して、ちょっとびっくり、なんてこともあった。

そんな中で、もう逃げ腰ではどうにもならない状態に何度か置かれ、最後は開き直って、とにかく「恥ずかしさ」を忘れて身振り手振りも交えてコミュニケーションをとるしかない、となって漸く、最初の一歩を踏み出すことができた気がする。その後、自分の仕事の範囲に関しては、何とか英語で必要最小限のコミュニケーションだけは取れるようになった。ただ最近は、仕事内容の変化から英語を使う機会がめっきり減ってしまって、今も以前のようにいくのかどうか不安なんだけどね。


英語ですらそんな感じだったので、もちろんフランス語なんて、さっぱりわからない。欧州は大好きなのだが、何故かこれまでフランスには縁がなかった。ただ10年ほど前に、「サヴァ?(Ça va?)」がフランス語で「元気?」という意味だと知ったときのことだけはよく覚えている。なぜならその言葉から、ある印象的な思い出が僕の頭をよぎったからである。

学生時代、よく行き来のあった近くの大学のオーケストラに「サバ子」と呼ばれる女の子がいた。最初にそう呼ばれているのを耳にしたとき、僕の頭の中には「サバ子=鯖子」という図式が勝手にでき上がり、なんて変わった呼び名なんだろう、と思った。どうしても思い出せないのだが、当然本名ではなかったはずで、何故この人が「鯖」なのか不思議だった。今なら、いや~、鯖寿司も味噌煮もいいし、しめ鯖できゅっと吟醸酒なんて最高やね、と好印象を持ちそうだけど、当時の僕の「鯖」に対する印象は、表面がてかてかと気味悪く青光りし、生臭くて触るのもいや、食べるのもできれば勘弁してね、というお子様感覚だったのだ。

同じ演奏会に何度か出演したこともあったし、同じ低弦パートに属していたんだから、一言くらい言葉を交わしたことはあったのだろうけど、サバ子さんとの会話の記憶は全くないので、当然、そのニックネームの由来を聞くこともなかった。

ところが、10年ほど前にフランス語の「サヴァ」の意味を知ったとき、何故か唐突に頭に浮かんできたのは、あの元気なサバ子さんの「サバ」は、魚の「鯖」ではなくフランス語の「サヴァ」だったんじゃないか、ということだった。卒業して20年もたってそんな疑問を持っても、よもや、ほとんど会話を交わしたことも無かった「サバ子」さんを探し出し、「サバ子さんは、実はサヴァ子さんだったのでしょうか」と聞くわけにもいかんわな、と一人大笑いしてしまったのだった。


さて、そんな僕が先日、なんと出会ってしまったのである。サヴァ子さんにではない。とても魅力的な「サヴァ缶」が、その素晴らしい人目を引くデザインで僕の目の前に現れたのである。ただの「サバ缶」じゃないの?と思われるかもしれないが、いやいや、ちゃんと「サヴァ缶」と書いてある。だいたい、サバ缶はサバの水煮であることが多いが、「サヴァ缶」はサバのオリーブオイル漬けなのだ。だから「サヴァ缶」でいいのだ、と妙に納得してしまった。

サヴァ缶1 サヴァ缶2

出会ったのは、我が家から少し離れたところにある某高級スーパー。あまり行く事は無いのだが、その日はたまたまその近くの駐車場に車を止めてJRを利用し、遅く帰ってきたため立ち寄ったのだった。家人が買い物をしている最中、手持ち無沙汰で一人ぶらぶら、陳列された珍しい食材などを眺めながらうろうろしていたときに、目が釘付けになってしまったのである。

サバの缶詰を購入すること自体が初体験だった。貧乏学生の頃、さんまの蒲焼やまぐろの缶詰は買った記憶があるが、サバは敬遠していた気がする。製造者は岩手県釜石市の岩手缶詰株式会社。「一般社団法人東の食の会」と「三陸フィッシャーマンズプロジェクト」は東日本産の缶詰製品をはじめとする商品のプロデュースを通し、東日本の水産業復興を支援しています、と書かれてある。僕はその魅力的な「サヴァ缶」を手に取り、溢れる衝動を抑えることができず、家人の押していた買い物用カートに、すきを見てそっと忍ばせたのだ。

さて、味の方は、と書きたいところだが、実はまだ食していない。ホームページには色々調理アイデアも載っていそうだが、まずはシンプルに食べてみたい。僕はオリーブの実もオリーブオイルも大好きなので、恐らく気に入るはずである。それにしても、ついつい手にとってしまうグッと来るデザインのこの缶詰。プロデュース力の勝利なのでしょうね。


ということで、今日の音楽。フランス語の話題なので、フランス語で歌われている愛聴盤でいくとしよう。そう思って見てみると、やはりそれほど多くはない。それはそうだよね。フランス語なので、何を歌っているのか、タイトルの意味すらもわからなかったりするのだから。実は今日紹介のアルバムも、例によって輸入盤(恐らくフランス盤)を買ってしまったので、どこを見てもフランス語だけで、そこに一体何が書かれていているのか、何を歌っているのかさっぱりわからない。でもまあそうであっても、インストのアルバムに比べれば、声による感情が表れている分だけ、伝わりやすかったりもするのだが...そのアルバムとは、10年ほど前に音楽雑誌の紹介記事で、元スーパー・モデルの驚異のデビュー作として紹介されて興味を持ち購入した、カーラ・ブルーニの「ケルカン・マ・ディ~風のうわさ」だ。

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ケルカン・マ・ディ~風のうわさ / カーラ・ブルーニ

いかにも元スーパー・モデル的なジャケットを手にして、少しいぶかりながら聴いたこのアルバムは、いやはや、「色眼鏡で見て、すみませんでした!」と平謝りしたくなるほど素晴らしいアルバムだった。この人本物だなと感じさせる、自ら作り、歌い、演奏する音楽がぎっしり詰まっていたのである。そのちょっとかすれたハスキー・ボイスは魅力的で、味のあるギターも素晴らしい。当時はノラ・ジョーンズが出てきたばかりで、このちょっとけだるいフォーク・カントリー調の音楽は、時代の要求とぴったりマッチしていた。フランス語が醸し出す雰囲気も決め手ではあるが、当時は、これが英語だったら、ノラ・ジョーンズばりに全世界で大ヒットしたかもしれないな、と思った。

  Link: Quelqu'un m'a dit(ケルマン・マ・ディ~風のうわさ) / Carla Bruni
  Link: Tout le monde(トゥー・ル・モンド/ みんな) / Carla Bruni
  Link: L´amour(アムール) / Carla Bruni

ところで、この人、僕の「英語で歌って全世界ブーム構想」を辿るまでもなく、その後全く別の道で全世界の注目を集めて、本当にびっくりした。2008年、なんと当時任期中のサルコジ仏大統領と結婚し、ファースト・レディーとなって、日本の報道でも頻繁に目にするようになったのである。

サルコジ元大統領は、2年前の大統領選で再出馬するも落選したため、もうニュースの中でカーラ・ブルーニの姿を見かけることは無いが、それにしても...天は二物も三物も与えるものである。


まあ、そんなことより、フランス語とまではいかないまでも、せめて英語くらい、もう少し使えるようにしておきたいかな。とはいえ、切実な事態に遭遇しなければ、なかなかそこに足を踏み入れない自分の性格もよくわかっているし...ということで、そろそろちょいと英語を使えるところへ行きたいところなんだけどね。



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もう30年近く前の話になるが、大阪駅から環状線で3つ目のJR京橋駅に初めて降り立ったのは、就職のために大阪に来た日の午後だった。ここで京阪電車に乗り換えて、新しい生活をスタートさせる社員寮に向かうのだ。

京阪・京橋駅のホームまでは長いエスカレーターに乗る。まだ明るい時間帯だったと思うが、ホームが近づくにつれ何故か演歌がうっすらと聞こえてきた。駅前に広がる飲み屋街からの音ではない。駅に備え付けのスピーカーから流れる、れっきとしたBGMだったのだ。お、おおさか恐るべし・・・。僕はホームで電車を待ちつつお仕着せの演歌を聞きながら、ひょっとしてとんでもないところに来てしまったのかもしれないと、不安な気持ちでいっぱいになった。

思えば、学生時代を過ごした福岡市は、東京指向の強い街だった。たくさんのミュージシャンを輩出している街だが、九州各地からのおのぼりさんの集まる場所でもある。彼らは規模こそ小さいがこのちょっと都会的な街で力試しをして、大阪などには目もくれず、東京を目指すのだ。そんな場所で過ごした僕も、当然のごとく卒業後は東京に行くものだと思っていたし、むしろそれを望んでいた。

しかし就活の時期が近づくにつれ、愛媛で暮らす両親や福岡にいる彼女と、少しでも近いほうがいいかも知れないと思うようになり、就業場所の選択肢を拡げた結果、図らずも大阪に住むことになったのだった。その日から寮を出るまでの2年間、帰省帰りに京橋駅のホームで演歌を耳にするたびに、あ~、また大阪に戻ってきてしまった...と少し憂鬱な気分になったものだ。

そんな京橋駅のBGMも、それから数年の内に鳥のさえずる自然音に変わったが、考えてみれば日本人ほどBGM好きの国民もいないのではないだろうか。ホテルのロビーでも、ブティックでも、商店街でも、レストランでも、常に音楽が流れている。いわゆる先進国で、ここまでBGMが所かまわず氾濫している国を僕は知らない。もっと静かだ。そういう意味では、ヘッドフォンステレオが日本発であったことも納得がいく。要するに目の前のシチュエーションに合った音楽がバックに流れていることを、日本人は好むのだろう。

そんな中で、ちょっとおしゃれなゆるめのカフェが流行の域を超えて定着してきた日本において、カフェミュージックとしてのボサノヴァ人気は自然なことなのかもしれない。本国ブラジルではとっくの昔に過去の音楽になっているボサノヴァは、グローバルに見れば、その表現手法がジャズの中で残されているくらいだ。オーセンティックなボサノヴァやその進化形を今も追い求めているのは日本とフランス、ベルギーくらいだと聞く。


前置きが長くなったが、本日の表題「東京BOSSA」は、そんな日本の首都・東京で日夜音楽活動にいそしむ女性4人が結成したBOSSAグループ・東京女子BOSSA(そのまんまです)が、昨年10月にリリースしたデビューアルバムのタイトルだ。ボーカル、ピアノ、フルート、パーカッションの4人構成だが、ネット友達だったボーカル担当のMIHOさんから情報は得ていたので、気になっていた。しかも、このブログで紹介したこともある幻のシンガー・ソング・ライター桑原野人こと桑原守夫氏の率いるインパートメントからの販売となると、入手しなければいけません。ということで、アマゾンで注文しようとしていたところに、CD発売記念ツアーとして2月27日に大阪でライブをするとお聞きしたのだった。

東京BOSSA / 東京女子BOSSA
東京BOSSA / 東京女子BOSSA


開催は平日なので厳しいかなと思いつつも、毎年2月の中旬にピークを迎える仕事があって、その後の事なので何とかなるかも、そういえばちょうど2年前にうちの奥さんと行った畠山美由紀のライブもこの時期だったし...と開き直った。CDもライブ会場で購入してサインもらえればうれしいな~、とミーハー気分が全開。アマゾンでの注文はキャンセルして、代わりにライブ当日の席を二人分予約した。

図140302-1

ライブ会場は、Mister Kelly’s。北新地駅の周辺はよく行くが、四ツ橋筋から西へは、地上から行ったことはあまりなく、初めての場所だった。案内された席は前方右隅だったが、目の前にはコルグのワークステーション・Tritonの真空管が渋く輝き、アップルのPCが出番を待っている。ベースやドラムスのいない編成で、どういう演奏になるのだろうと思っていたが、なるほどサポートが入るんだなと、何故かひと安心で席に着いた。

客席は満席となり、いよいよ東京女子BOSSAの4人が登場。なるほど東京女子、まぶしいくらいにおしゃれで華やかだ。これが「大阪女子BOSSA」だったら、なんだか曲の合間にかけ合い漫才でも始まりそうだが、そんなことはしない。「東京」なのだ。サポートは、アルバムのアレンジも担当している大坪正さんで、黒子よろしく黒一点。ドリンクタイムをはさんで2ステージに渡ってたっぷりと堪能させてもらったが...さすがだった。

まずは選曲がいい。ちょうど亡くなって20年となるジョビンの名曲がたっぷりだったが、ボサノヴァの原点 ”Chega de Saudade(ノー・モア・ブルース)”、や定番の”The Girl from Ipanema(イパネマの娘)”だけでなく、”Chovendo na Roseira(バラに降る雨)”のような、難しい名曲も入っていて、聴き入らせてくれた。しかし、特に感心したのが“そよ風の誘惑”。このオリビア・ニュートン・ジョンの大ヒット曲の冒頭のフレーズを聴いたとき、あー、そうそうこれこれ、と頷いてしまった。MIHOさんの力の抜けた優しい声があまりにもぴったりと来ていることを、瞬時に想像できたのだ。アルバムでも最後を飾っている“風になりたい”はもちろんのこと、ライブ用に歌った“卒業写真”も幸せな気分で聴かせてもらった。

MIHOさんの声は、以前からソロのCDでも聞いていたが、今回生でお聞きし、このジャンルとの親和性を改めて納得。プロやな~と思った。ピアノのMICHIRUさんのちょっと硬質で背筋がすっと伸びる演奏は、ジャズとクラシックのベースが透けて見える、とても素敵なものだった。フルートのYASUEさんの音と演奏は印象的で、やはりこのジャンルにフルートは必要なんだ、と思わせてくれる大好きな音だった。そしてパーカッションのRINDAさん。とても楽しそうに演奏されているのを間近で見ていて幸せな気分を分けてもらえた。ブラジル音楽特有のいい意味でのモタり感が実に心地よかった。とにかく4人ともキャラが立っている。ともすればボーカルに目が行きがちだが、全員の印象がしっかり残る個性と、裏づけされた技術は、グループとしてとてもポイントが高い。

そしてオリジナルの良さも特筆すべきかもしれない。アルバムにも入っている3曲の彼女たちのオリジナルは、それぞれの個性がしっかりと現れていた。その中の一曲、”Bossa for you”は、ピアノのMICHIRUさんの曲に、MIHOさんが詩をつけたものだ。アルバムではギターが主体の編曲になっていて、それはそれでいいのだが、ライブでのピアノとボーカルでのセンシティブなバージョンは、聴きながらドキドキしてくるような、いい演奏だった。


そもそも「ボサノヴァ」とは「新しい感覚」というような意味で、50年近く前に生まれた音楽の潮流に、後から名前をかぶせたものだ。いろいろ分類されたり、源流探しもされてはいるが、恐らくそれは、ジョビンの音楽とジョアン・ジルベルトの演奏と声があってこそ、というのが本当のところだろう。その当の本人であるジョアンは、いまだに「ボサノヴァなんて音楽は知らない。自分は自分なりのサンバをやっているだけだ」と頑固に言い張っているようなので、正しい形なんてないのだ。

一方でジョビンの音楽をじっくり顧みれば、ボサノヴァは決してジャズではないことがわかる。むしろ発想はクラシックに近いのかもしれない。ジャンルなんて意味を成さないのだ。

リアルタイム、東京発の等身大BOSSA。誰もが幸せになれる究極のカフェミュージック。それを確立すれば、まさしくそれが「東京BOSSA」だ。サポートの大坪さんのアレンジやベース音も合わせて聴きながら、そんなことを考えつつ、東京スタイルのBOSSAを思い描いていた。

定番と合わせて、「意外だけどとてもマッチした」カバー曲発掘や進化したオリジナル曲で、さらに僕たちを楽しませて欲しい。そんなことを思いながら、東京女子BOSSAの皆さんと一緒に撮らせていただいた写真を眺めつつ、購入したサイン入りアルバムに聴き入るのでした。

図140302-2


<追記>

演奏する東京女子BOSSAの映像がありました。ぜひどうぞ。

  Link:  イパネマの娘 / 東京女子BOSSA
  Link:  マシュ・ケ・ナダ / 東京女子BOSSA

とても感銘を受けた”Bossa for you”は、歌入りはありませんでしたが、MICHIRUさんのピアノトリオでのジャズ演奏がありましたので、そちらをどうぞ。

  Link:  Bossa for you / 廣瀬みちる