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雨の匂い

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去る6月の夕刻。ずっと閉じこもっていた建物から一歩外に踏み出ると、一面低く垂れ込めた雲が視界を覆った。初夏の雰囲気さえ漂わせていた午前中の陽射しは完全に遮断され、梅雨であることを思い出させる舞台装置に、いくぶん気分も重くなる。

雲の流れは速い。雨は降っていないが、外気に触れた腕に湿気を感じる。そのとき、ふと鼻腔をくすぐる懐かしい匂いに気づいた。雨の匂いだ。

昼間の熱気に温められた足元のアスファルトには、まだ雨の痕跡はなかったが、それは時間の問題だった。「雨の匂い」を感じれば、じきに、ポツリ...ポツ、ポツ、と降り始めるはずだ。駐車場を足早に横切り、キーロックを解除して車に乗り込む。エンジンは掛けず、しばしじっとしていると、やがてフロントガラスに最初の雨のしずくがポトンと音を立てて弾けた。

こういう時に感じる微かな香りを、昔から何となく「雨の匂い」と呼んでいるが、それは正確ではないのだろう。雨に匂いは無いように思う。感じる匂いは土臭く、多少蒸れたような匂いだが、いやな匂いという感じではない。むしろ僕は好きかもしれない。

「雨の匂い」は、単に雨が当たった地面から湧き上がる土の匂いかと、ずっと思っていたが、雨が降り始める前に感じるのは不思議だった。しかも、今のようにアスファルトで固められた場所での「雨の匂い」と、かつて田舎の土の上で感じた「雨の匂い」の記憶とが、同質に感じられるのも、単純に土の匂いだけでは説明がつきそうにない。

そんな中で知った「ペトリコール」という言葉。この言葉は“日照りが続いた後の最初の雨に伴う独特の香り”のことを表した、ある鉱物学者による造語だが、その学者の見解では、特定の植物から生じた油が地面に落ちて乾燥し、それが雨や湿気によって空気中に放出されるときに出る香りである、とのことだ。

なるほど、植物の油の匂いがベースにあるとすれば、どこで感じても同質の匂いで不思議はないし、雨が降り出す前の急激な湿度の変化に反応することも考えれられるので説明がつく・・・・・・なんてことを色々考えてしまうのって、どうなんだろうね。そんなことはどうだっていいことで、「雨の匂い」を感じれば、じきに雨が降る。それを体感できていることだけで十分なんだろうな、と少し反省したのでした。


ということで、今日の一枚。今僕が一番「雨の匂い」にふさわしいと思うアルバムを取り上げよう。ジャズピアニストでボーカリストのダイアナ・クラールが、今年の2月にリリースした「Wallflower」だ。

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Wallflower / Diana Krall

いやはや、なんとも、これこそ理屈じゃない。素晴らしいアルバム、名盤入り間違いなしだ。実はこれまでダイアナ・クラールのジャズアルバムはたくさん聴いてきたし、この場で紹介もしてきたが、アルバム全体を繰り返し聴きたくなる、という感じでもなかった。彼女独特のハスキーボイスも、それほど僕の好みではなかったし、ごつごつした手触り感を感じていた頃も、ゴージャスで豪華な雰囲気を醸し出してからも、どこか気持ちに線引きをし、背筋をただして聴いていた感じだった。彼女自身も、ドレスにハイヒールで足組みをして、作り上げたキャラクターの上で歌っているようなところがあった(ピアノを弾くので実際は足組みはしないのですが...)。

ところがこのアルバムは、最初聴いたときからどこか違う感じが漂っていた。ちょっと親密な感じとでも言ったらいいんだろうか。彼女も素の自分を出して、まっすぐに歌っているように感じる。作った感がない。ただ正確に言うと、これはジャズアルバムとは言えないのだろう。ジャズで鳴らしたトップアーティストのダイアナ・クラールが、巨匠デイヴィッド・フォスターのプロデュース・アレンジで、彼女に影響を与えた60年代、70年代のポップスを中心に歌う、夢の企画盤なのだ。

そういえば、十数年前、仕事で訪れたバンクーバーの楽器店の店主が、「ここは昔、ダイアナ・クラールがよく来ていたんだよ」と、ちょっと自慢げに語っていたことを思い出した。なるほど、デイヴィッド・フォスターと同じカナダ人だったのだ。それが功を奏したかどうかはわからないが、このアルバムはミュージシャンとアレンジャーの思いがひとつに重なっている感じを、最初から受けたのである。

巷を眺めてみても、60年代から80年代にかけての音楽が多くの人に取り上げられ、ちょっとしたブームのようにもなっている。今の洋楽では少し希薄に感じる「曲そのものが持つ永遠性」のようなものを再認識するフェーズなのかもしれないが、そういう風に取り上げられたアルバムが、全ていいかというと話は別だ。

その音楽に対する当人の思い入れが強い分、聴衆を忘れてしまいがちだし、昔と同じ感じで演奏されても、ただの懐メロになるだけだ。さらにアルバムを一枚作り上げるとなれば、バリエーションも考えるようで、僕にとっても好きな曲だけが好みのアレンジや演奏で納まっているなんて事は、まずない。

ところが、である。このアルバムに収められた音楽は、どれも、はずかしくなるほどに、僕自身の琴線に触れてきた音楽ばかりなのだ。それをまた、はずかしくなるほど泣かせるアレンジ(まさにディビッド・フォスター流)でぐいぐいくる。彼女も久々に歌うことに徹した入れ込み様である。

アルバムは、パパス&ママスの名曲 ”California Dreamin’ ”でゆったりと始まる。彼女のピアノにオーケストラがかぶり、うん、やっぱりデイヴィッド・フォスターやね、と気持ちよく浸っていると、唐突にリズムボックスがテンポを刻み始め、ちょっとした肩透かし感があるが、反面ビンテージ気分は高まる。

  Link: California Dreamin' / Diana Krall (Clip)

そうか、あまり甘いアルバムは期待するな、ということかな、と思ったが、いやいや、そんなことは全くなかった。2曲目のイーグルス、”Desperado”。 3曲目のレオン・ラッセル、”Superstar”と、これらの泣きそうになるくらいに大好きな曲を、なんともオーソドックスに歌い、演奏し、泣かせてくれるのだ。もう、この段階で大満足状態に陥ってしまった。

  Link: Desperado / Diana Krall (Clip)
  Link: Superstar / Diana Krall

4曲目は、ギルバート・オサリバンの”Alone Again (Naturally)”。ここでのマイケル・ブーブレとのデュエットは、意外にもこの二人の声の親和性を感じさせてくれる。ダイアナの少しごつごつした感じが、マイケルの発する男の色気に微妙に絡んで、とても心地いい。マイケル・ブーブレって、やっぱりすごいね。

  Link: Alone Again Naturally / Diana Krall & Michael Buble

その後もタイトル曲でもあるボブ・ディランの”Wallflower”、エルトン・ジョンの”Sorry seems to be the hardest word”、10CCの”I’m not in love”、ブライアン・アダムスとのデュエットを披露するボニー・レイットの"Feels like home"などなど、まあ、これでもかと大好きな名曲を並べ立て、じっくり歌い込んでくれるのだ。

  Link: Sorry seems to be the hardest word / Diana Krall
  Link: I'm Not In Love / Diana Krall (Clip)

中に一曲、ポール・マッカートニーから贈られた新作 ”If I take you home tonight” が入っているが、周囲があまりに名曲過ぎて、これが完全に霞んでしまっている。恐らくは3年前にポールがリリースしたジャズアルバムで、ダイアナ・クラールのグループがバックを務めたことに対する返礼なのだろうけど、あるいは余計だったかもしれない。

通常盤で最後の曲は唯一の80年代の曲、クラウディッド・ハウスの"Don't dream it's over"。この曲を最後に持ってくるというのは、それだけ思いが強いのだろう。聴いていると、彼女の思いが移り込み、こちらまで満たされるような気分になる。

  Link: Don't Dream It's Over / Diana Krall (Clip)


聴き始めた瞬間、「これはいいなあ。」と感じたそのままを保って最後まで到達するアルバムなんて、そうそうお目にかかれない。しかもそれは恐らく、僕だけの感覚ではないだろう。僕と同世代に属するダイアナ・クラールが、自ら選曲した思いそのままに、共感を持って聴き入っている人はたくさんいそうだ。

「雨の匂い」を感じる、しっとりとした音楽。素晴らしい名曲たちが心の襞にそっと触れていく時間を、またじっくりと楽しみたい。過ごしやすい梅雨の休日、そんな幸せな気分にさせてくれるアルバムである。


<おまけ>

 さかのぼること、6年も前に、先に紹介のエルトン・ジョン「悲しみのバラード(Sorry seems to be the hardest word)」を、ご本人とライブ競演した映像がありました。興味深いですが、今回の新作の方が、うんとストレートで、チカラ抜けてますね。

  Link: Sorry seems to be the hardest word/ Diana Krall & Elton John


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秋でもないのに...

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秋でもないのに、“When October Goes” が無性に聴きたくなった。昨年もそうだったように、この時期、晩秋に通じるような感覚に陥ることがよくある。その背景を普段意識することはあまり無いのに、無意識に求める音楽から、ふと自分自身の心持ちに気づかされるのだ。期末という点では、様々な思いが重なる時期ではあるんだけど、やはり季節は春。4月になればそんな気分もどこかにかくれてしまうんだろうな。

僕がこの曲を知ったきっかけは、日本の老舗ジャズレーベル、澤野工房から2002年に発売されたジャズピアニスト・山中千尋のセカンドアルバム、「When October goes」だった。思えば、その少し前から、僕の良く行くCDショップでも澤野工房のコーナーができていて、リリース作品を紹介するパンフレットが陳列されたりもしていた。

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WHEN OCTOBER GOES / チヒロ・ヤマナカ・トリオ

当時はパンフレットを持ち帰ってはみるものの、国内盤なので輸入CDの倍ほどの価格であり、欧米を中心とした名前も知らないアーティストの作品を購入するには、少しハードルが高かった。そんな中で見かけたチヒロ・ヤマナカ・トリオのファーストアルバム、「Living Without Friday」は、日本人名ということもあり、その鮮やかなジャケットと合わせて結構目立っていたが、気にはなるものの、やはり購入するには至らなかった。

ちょうどその頃、偶然にもテレビから聞こえてきた「山中千尋」の名前に吸い寄せられるようにして観たTBSの番組「情熱大陸」で、当時ほとんど知られていなかった彼女の姿を初めて目にしたのだ。調べてみると放映日は2003年3月30日だったようだが、そこに映し出された山中千尋は、確かな才能を感じさせながらも、その華奢な体で、何かに突き動かされながらぎりぎりの状態で演奏しているように見えた。確か彼女自身が抱えた病気の話もあったと思う。初の日本でのツアーに点滴を打ちながら気丈に臨む彼女の姿はとても痛々しかったが、その衝動は何の外的要因からでもなく、彼女自身の内側から溢れ出る音楽に対する思いと、それに忠実に従おうとする意志の表れなのだろう、と感じたのだった。

その映像を目にした直後に、CDショップの澤野工房のコーナーで迷わず購入したのが、数ヶ月前に発売されたばかりの彼女のセカンドアルバム「When October Goes」だった。そのアルバムは、映像から感じた危うさなどどこにもない、安定感すら漂う素晴らしい技術と様々な音楽的アイデアに満ち溢れた作品だった。

トリオのメンバーもすごかった。当時既にニューヨーク屈指のリズムセクションとの触れ込みだったが、ベースのラリー・グラナディアとドラムスのジェフ・バラードといえば、まさに現時点のトリオの最高峰、ブラッド・メルドー・トリオのレギュラーメンバーであり、メジャーレーベルではなく、通天閣を臨む大阪・新世界の商店街にひっそりと存在する澤野工房レーベルでのレコーディングは、まさにアーティストとしての山中千尋の才能に引き寄せられてのことだったのだろう。


さて、話を元に戻そう。僕は当時、このアルバムの8曲目にあるタイトル曲に強く引き込まれた。前奏も無くいきなりさらっと始まるこの曲から、山中千尋の音楽の醸し出すさり気無い情感に捉えられたのだ。

  Link:  When October Goes / Chihiro Yamanaka Trio

作曲はバリー・マニロウとなっていたが、聴き覚えはなかった。あるいは聴いたことはあったのかも知れないが、まだ若くて新しい音楽を常に求めていた僕自身のフィルターには引っかかってこなかったのだろう。バリー・マニロウの原曲を聴いたのは随分後になってのことだ。そこで聴いたこの曲は、予想通り美しく切ない曲だった。1984年のバリー・マニロウのアルバム、「2:00 AM Paradise Cafe」に収録されている。

  Link:  When October Goes / Barry Manilow

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2:00 Am Paradise Café / Barry Manilow

この曲の歌詞は、「酒とバラの日々」や「ムーン・リバー」などで4度オスカーを獲得した、アメリカを代表する作詞家、ジョニー・マーサーの作だ。彼は1976年に亡くなっているので、1984年リリースの本作とは時間的に合わないのだが、実はこの詩は、彼の妻が遺品を整理していてデスクの片隅で偶然にも見つけた未完の遺作だったらしい。彼女はその内容に強く心を動かされ、ジョニー・マーサーとも懇意にしていたバリー・マニロウに曲をつけてもらおうと閃いたそうだ。バリーもその詩の奥に流れるものに心を動かされ、すぐに曲として完成させたという。その歌詞は、粉雪が舞い始める晩秋の情景を詠みつつ、人生の上でも晩秋を迎えた情感と重ねていくものだ。ジョニー・マーサーが晩年を迎え、胸に去来するものを静かにしたためた、そういう作品だったのだと思う。

僕も、こういう音楽が、身に沁みる年になってしまったのかな。そんなことを、感慨を持って思い返したわけだけど、まだそこまでは来ていないだろう。せめて初秋くらいでありたいんだけどね。

秋でもないのに、そんなことを思いながら、“When October Goes (10月が過ぎ行く時に)”に聴き入る春の夕暮れなのでした。


<追記>

 前述の「情熱大陸」の一部の映像がYouTubeにありました。

  Link:  「情熱大陸 ~山中千尋~」(部分)

その後の山中千尋の大活躍は、今更言うまでもありませんね。2005年には、ユニバーサル・ミュージック/Emarcyレーベルに移籍し欧州デビュー、2011年には日本人として初めて、アメリカの名門・DECCAレコードと契約し、全米デビューを果たしています。日本では今や、上原ひろみと共に、実力・人気共に申し分ないインターナショナル・アーティストになりましたね。(ちなみに僕は、どちらかと言えば、「ちひろ派」でしょうか。。。)


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ラストダンス

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キース・ジャレットとチャーリー・ヘイデンの新作デュオアルバム「Last Dance」を店頭で目にしたのは、確か6月の終わり頃だった。日本語に訳せば、単に「最後のダンス」なのだが、このアルバムタイトルに少し引っかかるものを感じて、ジャケットに記された曲名を確認した。

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Last Dance / Keith Jarrett & Charlie Haden

全9曲の中にタイトルと同名の曲があるわけではない。しかし最後の3曲を見て、はっとした。7曲目が”Where can I go without you (君なしでどこへ行けと言うの)”、8曲目が”Every time we say goodbye(いつもお別れを言うたびに)"、そして最後の曲が、ずばり、”Goodbye”だったのだ。二人の前作、「Jasmine」は大好きなアルバムだったし、それと同様のラブソング集だったので、すぐに購入を決めたのだが、それにしても、あまりに意図的な選曲に、もしかして...と思いつつも、二人ともここ数年、精力的に新譜をリリースしていたので、そんなはずない...と、すぐに打ち消した。

  Link:  Keith Jarrett & Charlie Haden - "Last Dance" Album Sampler


ベーシスト、チャーリー・ヘイデンのサウンドは、学生時代、友人に録音させてもらい何度も聴いた、キース・ジャレットのアルバム「生と死の幻想」で、知らぬ間に僕の中での「ウッドベースの音」になっていた。その音がチャーリー本人と結びついたのは、社会人になった頃LPレコードで入手した、キースの初期のトリオアルバム「流星」の裏ジャケットにあった、若き日の黒縁眼鏡をかけたスナップ写真を見たときからである。二人は、キースのデビュー当時から、約10年に渡って共に活動していたのだ。

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「Last Dance」の入手後、その演奏は新たなセッションではなく、前作「Jasmine」と同じときのものだと知った。2007年にキースがヘイデン夫妻を自宅に招いて、実に30年ぶりに、自宅スタジオで数日間演奏・録音した楽曲の中から、2枚目のアルバム用にセレクトしたものだったのだ。「Jasmine」ではライナーノーツをキース自身が書いていたが、その内容からは、このときの録音が、決して決められたアルバムのためのものではなく、パーソナルなものだったことがわかる。親密な雰囲気の中で繰り広げられるゆったりとしたラブソングの演奏は、キースが慢性疲労症候群から立ち直った直後の名作「The Melody At Night, With You」の音楽と重なる。結果的には2010年に「Jasmine」として日の目を見たわけだが、「Last Dance」はその続編だったのだ。

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Jasmine / Keith Jarrett & Charlie Haden

  Link:  「Jasmine」インタビュー

  Link:  For All We Know / Keith Jarrett & Charlie Haden
  Link:  Where Can I Go Without You / Keith Jarrett & Charlie Haden
  Link:  Goodbye / Keith Jarrett & Charlie Haden

そして数週間後、朝刊に掲載されたチャーリー・ヘイデンの訃報と唐突に対面することになる。社会面にぽつんと置かれたその記事を目にした瞬間、「杞憂ではなかったんだ」という思いとともに、大好きだった彼の深みのあるベースサウンドが耳の奥で鳴り始め、次第に心臓の鼓動と重なっていった。

その後、報道で、彼が長年ポストポリオ症候群で苦しんでいたことを知った。最近までその名前が表に出ていたので錯覚していたが、実はリアルタイムの演奏としては、2010年に録音されたものが最後だったようである。

もちろんアルバム「Last Dance」は、チャーリー・ヘイデンの生前に準備されリリースされたものである。そう考えれば、その中にある「Goodbye」はチャーリーの言葉であり、「Last Dance」は、チャーリーの思いの入ったタイトルだと考えるのが自然だろう。当初はキースの優しさが現れたものかとも思ったが、よくよく考えれば、まだ亡くなる前にそうしたことができるのは、本人以外には考えられない。


4ビートジャズ、フリー・ジャズ、フュージョン、カントリーなど、様々なジャンルで活躍した彼だが、その音色はいつも変わらない。低域のしっかりとしたあたたかな音で、常にピタリと音楽に寄り添っている。時に歌心溢れる旋律を奏でたり、アグレッシブな側面を見せたりすることもあるが、脇に回れば決して出しゃばらず、しっかりと支える。様々な編成で演奏してきた彼だが、そんな性質がデュオの演奏に向いていたのだろう。彼は本当に多くのデュオ作品を残してきた。デュオ相手の演奏楽器も様々で、ピアノ以外でも、ギタリスト、パット・メセニーとのデュオ盤、「ミズーリの空高く」のような素晴らしいアルバムももちろんあるが、やはりピアノとのデュオが最も多かったのではないだろうか。その中の印象的なアルバムをいくつか挙げてみたい。

まずはケニー・バロンとの1996年のアルバム「Night and The City」だ。これはニューヨークのジャズクラブ・イリジウムでのライブ盤で、その中でのチャーリーは、軽快で活発。ソロもウォーキング・ベースも躍動的で、都会の一角で楽しんで演奏している姿がうかがえる。

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Night and the City / Charlie Haden & Kenny Barron

  Link:  Twilight Song / Charlie Haden & Kenny Barron

ピアノの詩人とも呼ばれるイギリスのジョン・テイラーとの2003年のアルバム「Nightfall」は、ピリッとした空気の中で、静けさすら感じられるような演奏だ。そこで発せられる一音一音には細やかな神経が行き届いている。

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Nightfall / Charlie Haden & John Taylor

  Link:  Bittersweet / Charlie Haden & John Taylor

ハンク・ジョーンズとの1994年のアルバム「Steal Away」は、アメリカン・ルーツ・ミュージックにこだわったアルバムであり、これがチャーリー・ヘイデンの音楽の原点なのだろう。賛美歌や黒人霊歌、伝統音楽を訥々と演奏する二人の魂の交流には、彼の精神を支えてきた音楽世界を感じることができる。

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Steal Away / Charlie Haden & Hank Jones

  Link:  Sometimes I Feel Like a Motherless Child / Charlie Haden and Hank Jones


「Last Dance」に戻ろう。このタイトルに引っかかったのには理由がある。フォーマルなダンスパーティーでは、パートナーと最初の曲を踊ったあと、自由に相手を変えることができる。しかしラストダンスでは、また本命のパートナーに戻るのだ。「ラストダンスは私に(Save the last dance for me)」という有名な曲があるが、最後の曲は本命にとっておく。そんな思いがこのタイトルには表れているような気がする。

では最初のデュオは?そういう疑問が浮かんできた。実はその答えに、最近チャーリー・ヘイデンの追悼再発盤が色々出ている中で出会った。1976年にリリースされた「Closeness」である。このアルバムは個人名義での初アルバムで、4人のミュージシャンとそれぞれデュエットで自作曲4曲を演奏したものだ。その中にキースとのデュエット曲”Ellen David”も入っている。"Ellen David"とは、当時のチャーリーの奥さんの名前であり、彼女のためにチャーリー自身が作曲したとても美しい曲だ。その名曲を当時のややアグレッシブなスタイルで演奏しているのだが、この演奏こそが彼にとってのデュオの原点だったのではないだろうか。最初の相手と30年の時を経てのラストダンス。それは形として表したチャーリー・ヘイデンの思いだったに違いない。

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Closeness / Charlie Haden

  Link:  Ellen David / Charlie Haden & Keith Jarrett

ちなみに、この時キースと演奏した"Ellen David"は、紛れもなく、ジョン・テイラーとのアルバムのタイトルにもなっている"Nightfall"と同一の曲だったことに驚いた。30年前のキースとの演奏の後、チャーリー・ヘイデンはエレンと離婚し、その後彼の音楽を支え続けてきた、自身シンガーのルース・キャメロンと再婚。そこから既に30年近く経っている。そういう中で先妻の名前のついた曲を改名したのだろうが、ここはやはり本命が変わったということなのだろう。ラストダンスの相手が変わってしまう場合だって時にはあるのだ。


長年の闘病生活の末、チャーリー・ヘイデンは7月11日、ロスアンゼルスで家族に見守られながら亡くなったと聞く。享年76。キース・ジャレットのコメントはまだ見ていないが、そのことを亡くなるまで微塵も見せなかったチャーリーの精神力と奥様の献身に、ただただ敬意を表したい。




<追記1>

最後まで見守られた奥様のルース・キャメロンは、チャーリーと共同プロデュースをしながら、ずっと彼の音楽を支えてきました。最後の録音盤である2010年の「Sophisticated Ladies」では、チャーリー率いるカルテット・ウェストの演奏に乗せて、彼女自身歌っています。そのほかにフィーチャーしたシンガーは、メロディ・ガルドー、ノラ・ジョーンズ、カサンドラ・ウィルソン、ダイアナ・クラールと、それはそれは豪華でした。最後のアルバムがこんなに豪華というのは、ちょっとチャーリーには合っていないように思えますが、それもルース・キャメロンの手腕とチャーリー・ヘイデンの人柄ゆえだったのでしょうね。

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Sophisticated Ladies / Charlie Quartet West Haden

  Link:  Sophisticated Ladies (HD TV Spot Austria)

ところで、チャーリーは彼女の名前を冠した”Waltz For Ruth"という美しい曲をケニー・バロンやパットメセニーとのデュオ盤で披露していましたが、どうも懲りてなかったようで...まあ、もう2度と改名する事態には陥らないと心に決めていたのかもしれません。きっと彼は、ロマンティストだったのでしょう。

  Link:  Waltz For Ruth / Charlie Haden & Kenny Barron


<追記2>

"Ellen David" 改め"Nightfall"ですが、こんな素晴らしい演奏がありました。ドラムレス・トリオですが、チャーリーのベースに、ブラッド・メルドーのピアノ、サックスが今は亡きマイケル・ブレッカーです。

  Link:  Nightfall / Charlie Haden, Michael Brecker, Brad Mehldau


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つゆのあとさき

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そろそろここ近畿でも梅雨明け宣言が出るのだろうか。昨日まではなんだかはっきりしない感じだったし、出かける時は必ず傘を持って出て、ああ、やっぱりまだ梅雨なんだ、と納得するような天気だった。でも、今朝の天気図を見る限りは、いよいよ梅雨明けかな。

昨日気象庁は「中国地方と四国地方が梅雨明けしたとみられる」などという歯切れの悪い発表をしていたけど、どうもこれが梅雨明け宣言の常套句のようだ。この微妙にあざとい表現を聞きながら、「宣言」なんやからCMの「赤ちゃんやめました!」のように、スッパリと「梅雨が明けました!」と何で言えへんかなー、と一人憤慨していたわけだけど、まあ、どこにも大人の事情というものがあるようで...

はっきりしない天候のなかで、世間を騒がしているニュースもはっきりしないものが多い。集団的自衛権も、マレーシア航空の遭難も、イスラエルのパレスチナ自治区侵攻も...そんな中で、昨日ほっと胸をなでおろした岡山の小学生監禁事件、何とか解決して欲しいとずっと願っていたので、無事保護の速報が入った時は他人事とは思えず、「ホント、よかったね~」と親戚のおじさんのような心境になった。でもこれにしても、犯人の心の闇は、はっきりしないまま忘れ去られていくのだろうか。根っこの部分に同じ病巣がはびこっているような事件が後を絶たない中で、その構造をはっきりさせなきゃ、といつも思ってしまうんだけど...


昨日はそんな梅雨の休日、ちょっと思い立って本棚の片隅にある岩波文庫版、永井荷風の「つゆのあとさき」を手にとり、しばらくぱらぱらとながめていた。内容は全く忘れていたけど、タイトルに吸い寄せられて、つい手にとったのだ。

「つゆのあとさき」は銀座のカフェ(作中は、カッフェーなのですが)の女給・君江と彼女をとりまく男客たちの三面ゴシップ的な内容で、タイトルと結びつくようなものは特に無い。ページをめくりながら、これもまたその由来がはっきりしない小説やったなー、と思い出したわけだけど、実はこのタイトル、単に梅雨時に書いた小説なので、そんなタイトルにしてみました!という、何ともいいかげんな命名だったようだ。

ちょっとした肩透かしだったが、僕はこの時代の作品を、こんな風にちょいと取り出してぱらぽらと読むことがある。内容はともかく、その中の丁寧なやりとりや、今とは微妙に違う日本語の言い回しがちょっと面白くて、読んでいると何故かホッとするのだ。小説の構造も、ひょっとしたら今のものよりうんと凝っていて、それだけで楽しめたりもする。そのわりに、タイトルはええかげん。そのへんのバランスがいいのかもしれないけどね。


さて今日の音楽。昨日の夕方、窓の外に雨の音を感じながら聴いた一枚。ジャズ・シンガー、リズ・ライトの2003年のデビューアルバム「Salt」にしよう。

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Salt / Lizz Wright

当時僕はこのアルバムで、一気にリズ・ライトのファンになった。スッと背筋が伸びるストレートでスムースな声なのに、その裏に悲しみと強さを感じさせる。デビュー盤にして、20歳そこそこのシンガーとは思えない説得力と完成度。カバーだけでなく、自ら作った楽曲もすばらしく、将来性を強く感じさせるアルバムだった。プロデュースにはトミー・リピューマだけでなく、なんとドラマーのブライアン・ブレイドが名を連ねていたんだな。今気づいたけど。

アルバムは、チックコリアの名曲"Open Your Eyes, You Can Fly"で始まる。これがいい。フローラ・プリムを飛び越え、一気にリズの世界に引き込まれてしまう。

  Link:  Open Your Eyes, You Can Fly / Lizz Wright

2曲目のタイトル曲"Salt"は、彼女自身が作詞作曲したものだ。ジャズと言うよりもソウル。ブラスをバックにしたソウルフィーリング溢れる音楽は、実は彼女の目指すものなのかもしれない。

  Link:  Salt / Lizz Wright(live 2003 Newport)

4曲目の"Soon as I Get Home"や、彼女自身の手による10曲目の"Blue Rose"などを聴いていると、歌も楽曲もその完成度の高さに今更ながら驚かされる。

  Link:  Soon As I Get Home / Lizz Wright
  Link:  Blue Rose / Lizz Wright

実は彼女は、このデビュー・アルバムの前に、ジョー・サンプルに才能を見出され、彼のアルバム「ザ・ピーカン・トゥリー」で2曲歌っている。衆目を集めたのは、それが最初だ。その中の一曲、"No One But Myself To Blame"を聴けば、確かにレイラ・ハザウェイともどこか重なって、ジョー・サンプルの好みそうな声とフィーリングだったんだと、あらためて思う。

  Link:  No One But Myself To Blame / Joe Sample feat. Lizz Wright

将来を嘱望されたリズは、ファーストアルバム以降も順調にアルバムを発表していったが、実は2作目以降、少し印象が変わった。よりルーツ音楽に向かう中で、ジャズの感触が後退して行ったのだ。それはそれで時代の流れだったわけだけど、僕自身は少し残念だったかな。

そんなことをつらつら思いながら、「Salt」のジャケットを手に、ふと裏ジャケットを見て思い出した。このアルバムが雨の印象と重なる理由。もちろん彼女の音楽の醸し出す雰囲気も一因だが、この裏ジャケットの写真からくるものも大きかった気がする。今まで忘れていたんだけど。

当時僕はこの写真を見るたびに、何故か「となりのトトロ」の映画ポスターが思い浮かんだ。降りしきる雨の中、傘をさす女の子(に見えたのです)。その横にボストンバックじゃなくてトトロが立っていれば、面白いのに、なんてつい思ってしまって...そのたびに、頭の中にトトロの音楽が鳴り響くんだもんなー。(台無しです。)

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さて、外は梅雨なんてどこ吹く風で太陽がジリジリ照り付けている。この分だと今日は絶対梅雨明けやね。微妙な言い方なんかじゃなくて、「近畿地方に梅雨明け宣言しま~す!誰が何と言おうと、絶対しま~す!パッパラパパパパー!」と、ファーレでも鳴らしてくれればいいのに...あー。あつい。



<おまけ>
 ジョー・サンプルの「ザ・ピーカン・トゥリー」も、ぜひ。

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Pecan Tree / Joe Sample

マイ・ソング、ユア・ソング

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透明感溢れるまっすぐなサックス・サウンド。北欧を思わせるひんやりとした感覚。だけど何故か温かい。そんなヤン・ガルバレクの吹くソプラノサックスの登場を、爪弾くように始まるキース・ジャレットのピアノは、完璧なまでにお膳立てする。最初の数小節を聴きさえすれば、後に続く世界がスッと頭の中に浮かびあがってくる。キース・ジャレットの名曲、"My Song"だ。

  Link:  My Song / Keith Jarret & Jan Garbarek (Quartet)

梅雨の幕あい。晴れ間の見える休日の朝。昨日までとは打って変わって、さわやかな風が開け放った窓から入り込んでくる。キースのアルバム「マイ・ソング」を聴きたくなるのは、いつもこういうときだ。

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マイ・ソング / キース・ジャレット・クァルテット

初期のアーシーでゴスペルがかったアルバムや、同時期にアメリカン・カルテットと言われるメンバーたちと残した数々の難解なアルバムとは違い、「マイ・ソング」は当時のキースのアルバムとしては異例の親しみやすいアルバムだった。それは、サックスのヤン・ガルバレクを含むヨーロピアン・カルテットと呼ばれるメンバーの影響もあっただろうし、何よりもキース自身がドイツのECMレーベルで身につけ始めていたヨーロッパ流の「洗練」と「大衆性」の結果だったのではないか、と思う。

親しみやすい曲が入っているとは言っても、実のところこのアルバムは、フリージャズの要素も含んだバリエーション豊かなアルバムで、決して甘いばかりではない。しかし、ジャケットの二人の女の子の写真と、「MY SONG」という手書きのタイトルが、その内容とも相まって、とてもソフトで親密な印象を与えてくれているのは確かだろう。そしてその印象を決定的にするのが2曲目の"My Song"と、4曲目の"Country"だ。

  Link:  Country / Keith Jarrett & Jan Garbarek(Quartet)

キースは"My Song"をその後しばらくはライブのアンコールでも演奏していたようだが、新たに始めたスタンダーズ・トリオの人気とともに、自ずと自作曲であるこの曲からも遠ざかったようだ。もちろんアルバムでの再録など、ほとんど考えられない状態が長く続いていた。

"My Song"も他のたくさんの楽曲同様、記憶の片隅に押しやられつつあった中、2003年にギタリストのパット・メセニーがリリースしたバリトン・ギターでのソロ・アルバム「One Quiet Night」の中に"My Song"を見つけたときは、僕も歓喜した。キースのアルバム「マイ・ソング」から25年を経て久々に聴くその曲は、穏やかなギターソロに生まれ変わっていた。

  Link:  My Song / Pat Metheny

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One Quiet Night / Pat Metheny

パット・メセニーの演奏から3年後、キースジャレットは自身アメリカでは10年ぶりとなるソロ・コンサートを行い、2枚組みのアルバム、「カーネギー・ホール・コンサート」としてリリースした。その10年の間には、慢性疲労症候群で演奏活動を離れなければならなかった時期も含まれていて、キース自身にとっても感慨深いコンサートだったのだろう。ソロの即興演奏が終わった後に、なんと5曲のアンコールが収録されている。気難しい彼が5曲もアンコールで演奏すること自体驚きだが、その3曲目にピアノソロによる"My Song"の再演が含まれている。

  Link:  My Song / Keith Jarrett (Solo)

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Carnegie Hall Concert / Keith Jarrett

演奏が始まったときの歓声と演奏の終わった直後の歓喜の拍手は、30年近く前に発表したこの曲がファンの心を今もしっかりとつかんでいることを如実に表していた。僕も、このアルバムを入手した頃から、オリジナル盤も含め、この曲を再びよく聴くようになった。


続けざまに"My Song"を聴いた後、聴き散らかしたCDを片付けながら、ふと思ったこと。確かにキースにとってこの曲は"My Song"には違いないけど、一体どういう思いでこのタイトルをつけたんだろう。そんなことを思い巡らしていると、それと呼応するように”Your Song”というタイトルが頭に浮かんできた。ジャンルは全く違うけど、”Your Song”といえばエルトン・ジョンだ。と、今度は無性に"Your Song"が聴きたくなって、エルトン・ジョンの1970年のセカンド・アルバム「エルトン・ジョン」を手にとる。

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Elton John / Elton John

エルトン・ジョンは素晴らしい曲をたくさん書いているが、このアルバムの一曲目、"Your Song"は誰もが認める不滅の名曲だ。演奏も含め決して古さを感じさせない、僕の大好きな曲である。

  Link:  Your Song / Elton John

こうやって、ジャンルを飛び越えいろいろ音楽を聴きつないでいると、時々ちょっとした符合から、とんでもない妄想に駆られることがある。例えばこうだ。

キース・ジャレットとエルトン・ジョンは実は一歳違い。キースの方が一つ上だ。どちらもクラシックの世界で子供の頃から才能を開花し、キースは高校卒業後、ボストンのバークリー音楽大学へ、エルトン・ジョンは神童振りを発揮し、12歳から18歳までの6年間、英国の王立音楽院で学んでいる。

デビューはキースが1967年、エルトン・ジョンが1969年とキースの方が2年早いが、まだまだ駆け出しだったキースがヨーロッパでソロ活動を行うようになる70年代前半、エルトン・ジョンは既にポップ・スターとして全世界を席巻していた。ジャンルは違うとは言え、やはり英国出身のエルトン・ジョンの生み出す音楽に、キースはアメリカ本土には無い洗練を感じていた、としたらどうだろう。まあこれも、キースがエルトン・ジョンの音楽を聴いていれば、ということだが。あくまでも仮定の話だ。

泥臭いアメリカのジャズシーンの音楽をそのまま持ち込むのではなく、洗練された欧州で、多くの聴衆に喜ばれるジャズを探りたいと考えたかもしれない。そんな思いの中で目前にひかえたヨーロピアン・カルテットでのアルバム製作にあたり、欧州で受け入れられる大衆性を楽曲の中に持ち込みたいと考えた。ジョン・レノンやポール・マッカートニーではなく、クラシックを基礎にした自らの出自に近い同年代のエルトン・ジョンの音楽に学ぼうとしたとしても、決して不思議は無い。キースは以前から密かに好きだったエルトン・ジョンの出世作"Your Song"を意識して、2つの楽曲を作り上げ、その一つにはエルトン・ジョンへの対抗として"My Song"と名づけ、もう一曲にはよくわからないけど"Country"と名づけたのだ!!。。。なんてね。

まあ、何の根拠も無い妄想なわけだけど、"Your Song"を聴いた後に、"My Song"と"Country"を聴いていると、なんとなくその曲調や音楽の流れが、"Your Song"とかぶってきたりするから不思議だ。


徒然なるままに、愚にも付かないことを考えながら、束の間さわやかな風を体に感じていると、また明日から始まる喧騒の日々が不意に頭をよぎり、少し肩をすくめてみる。そんな穏やかな梅雨の切れ間の休日なのでした。



<おまけ>

“Your Song”の日本語がのっていましたので、こちらもついでに。

  Link:  Your・Song (訳詩付き) / エルトン・ジョン



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