Jerrio's Music Cafe

店主Jerrioのよもやま話と音楽の世界にようこそ...

Autumn

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そのCMは美しい。純日本的な背景の中、姿勢にも所作にも日本を体現する金髪の女性。たどたどしい日本語は彼女が外国人であることを明らかにする。だからこそ、より一層引き立つ日本の美がそこにはある。

思わず見惚れてしまう映像には、おかしがたい気品が漂う。その印象は静寂そのものだが、音が鳴っていないわけではない。いや、むしろそこに流れる音楽は、映像をしっかり縁どり、その風情を演出している。

  Link:  JT CM 日本のひととき 「茶道篇」
  Link:  JT CM 日本のひととき 「和食篇」
  Link:  JT CM 日本のひととき 「折り鶴篇」
  Link:  JT CM 日本のひととき 「水引篇」
  Link:  JT CM 日本のひととき 「和歌篇」

「日本のひととき」と題される一連のJTのCMは、「茶道篇」「和食篇」「折り鶴篇」「水引篇」「和歌篇」と、これまでに5篇出ている。あまりテレビを見なくなった僕でも全篇見たことがあるのは、金曜日の夜に放送されているJTの提供番組、「アナザースカイ」が結構好きで、時々見ているからだろう。


初めてそのCMに遭遇したとき、「この曲、知っている」と思った。アレンジは違うのだろうけど、基本4小節のシンプルな音形を繰り返すその旋律を、僕はかつて何度も聞いたことがある。ただ、何の曲だったのかは思い出せない、というか、思い出したいという気持ちが残らないほど、その音楽は映像と一体となり、完結していた。

人声を中心に様々な楽器音が混じる、各篇趣向を凝らした音楽は、それだけでも興味が尽きない絶品だが、決して出しゃばることはない。しかし、何度目かの遭遇の直後に、不意に頭の中にその旋律を奏でるもうひとつのピアノソロが鳴り始めた。そして思い出したのだ。かつてこの曲は、同じようにCMに使われ、鮮烈な印象を振り撒いていた。

  Link:  トヨタ 新クレスタ CM(狼編) (1984年)

僕はそのCMに触発され、この曲の入ったアルバムを早々に購入したはずだ。その曲はジョージ・ウィンストンの「Longing/Love (あこがれ/愛)」。アルバムはウィンダムヒル・レコードから発売された、「Autumn」である。

  Link:  Longing /Love / George Winston


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Autumn / George Winston

恐らく購入したのは1984年、85年頃だろう。84年は僕が社会人になった年で、その年末か年明けに、まだ一台10万円は下らなかったCDプレーヤーを購入した。再生機の価格が、ようやく手の届く範囲に入ってはきたものの、まだまだ高価だったため、コンパクトディスクそのものは普及期には至っていなかった。その時買った最初期のCDの中に、このアルバムは入っていた。

「Autumn」は、米国では1980年に発売されている。既にソロピアニストとしてデビューしていたジョージ・ウィンストンが、自然主義の趣の強いインディペンデント・レーベル 《ウィンダムヒル》 と契約を結び、初めてリリースしたものだ。本国でこのアルバムは予想外にヒットし、彼はそれを受けて北カリフォルニアの季節をテーマにした「四季4部構成」を明らかにする。その後約10年をかけて、「Winter Into Spring」、「December」、「Summer」と、4部作を完結させることになるのだが、日本で「Autumn」がリリースされたのは本国から4年遅れ。まさに前述のトヨタのCMに合わせたリリースであり、鮮烈な印象と共に大ヒットしたのだった。

透明感あふれるピアノの音で表現される音楽は、四季のスケッチとはいえ、その音の置き方や、テンポの取り方、空白の余韻に詩情が満ちていて、単純な情景描写とは言いがたい。冒頭を飾る曲、「Colors/Dance」は、格好のショーケースとして、このアルバムでジョージ・ウィンストンが表現したい音楽の方向性を全て物語っているように感じる。その透明で直線的なピアノサウンドは、北カリフォルニアの澄んだ空気を思わせる。そして、次々に現れ繰り返される親しみやすいテーマは、彼が自然に寄せる清新な思いとその深さを感じさせてくれるのだ。

  Link:  Colors/Dance / George Winston

CMで流れていた曲、「Longing/Love」も含め、最初の3曲は恐らくLP盤のA面に当たるのだろう。その3曲をSeptember(9月)と分類し、後半の4曲(LP盤のB面)をOctober(10月)としている。その後半の中で一曲挙げるとすれば、5曲目の「Moon」だろうか。

  Link:  Moon / George Winston

メロディアスな旋律が、次々に現れては次に受け渡される。日本人の感性に合うメロディーラインは、このアルバムが日本でも爆発的に売れたことを納得させる。静かな空間に広がる音楽は、30年以上たった今でも、当時感じた新鮮な響きを失っていない。


今でこそ「ウィンダムヒル・レコード」と言えば、音楽ジャンルは「ニューエイジ」に属するレーベルだが、当時はそういうジャンル分けは存在しなかった(グラミー賞にニューエイジ部門が創設されたのは1986年のことである)。ビルボードのアルバムチャートでもジャズのジャンルで括られていて、日本で「Autumn」が発売されたころ、本国では3作目の「December」が既にリリースされ、ビルボードのジャズ・アルバム・チャートで3位に入っていた。

恐らく僕もジャズのレコードの認識で買ったはずだ。その頃ジャズに目覚め始めていた僕は、モダンジャズの名盤といわれるアルバムを、少しずつ聴き始めていた。覚えているのは、その時レコードショップのジャズコーナーで同時に買ったCDが、ビル・エバンスとジム・ホールのデュオアルバム「アンダーカレント」であり、その当時の僕は、「ジャズはかくあるべし」と言わんばかりの変幻自在の演奏の魅力に取り込まれていた。かくして、CMでの音楽が気になって購入したはずの「Autumn」は、そのピュアな和音構成とかっちりした演奏がいつしか物足りなくなり、あまり聴かなくなっていったのだった。当時僕の意識の中には、「シンプル=単純」という方程式があったのだろう。ジャズの棚に並んでいながら、即興的な部分も感じられず、コード音もシンプルなこの音楽を、少し低く見ていたのかもしれない。

30年近い時を経て、今そうした意識は全くない。いやむしろ、シンプルでありながら心に響く音楽にこそ、研ぎ澄まされた魅力を感じるし、それこそが自分が最後に求めるものという感覚がある。ジャンルや演奏に関係なく心に響くもの、それを拾い集める旅はまだ終わらせるべきではないのだろう。過ぎ去った時間との思いがけない邂逅にさえ、新しい気づきがあるのだから。


もう9月も下旬。あのCMは、その映像にふさわしい季節を迎える。もちろん、その音楽にふさわしい季節とも言えるのだろう。恐らく京都であろうその映像のロケ地でも探索してみようか。台風が近づきつつある休日、そんなことをつぶやきながら、頭の中で秋の音楽を反芻しているのだった。


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未来は明るいですか?

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ふわふわした、どこか落ち着かない新年だった。少しはそれらしくしようと飾りつけもして、久々に家族が一同に会しても、やはり新年らしさは年々薄まるばかりだ。かつてのような特別な感覚に満たされることは、もう無いのかもしれない。さびしいことだけど...


元日、浅い眠りから目覚めたまだ暗い朝、今年最初に選んだ音楽はJanis Crunch & haruka nakamura のアルバム「12 & 1 SONG」だった。エアコンからの暖気が冷えきった部屋に少しずつ拡がる中、1曲目のピアノ・ソロ ”Solitude”は、心地よく体に馴染んだ。

  Link:  Solitude / Janis Crunch


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12 & 1 SONG (reissue)/Janis Crunch & haruka nakamura

このアルバムは、独特な清新さが魅力的なボーカリストでピアニストのJanis Crunchが、エレクトロニカ/アンビエントの分野でどこか懐かい静かな世界を常に聴かせてくれるharuka nakamura と、「冬の世界」をテーマに共同制作した楽曲をコレクションしたものだ。発売は2011年12月なので震災への思いもあったのではないかと思うが、一昨年入手して以来、時に無性に聴きたくなる。

まだ目覚めきっていない体とその日の気分に、2曲目の”winter of Henry”や4曲目の”Nuit”で響くジャニスの声がぴったりきていた。その世界は全くお正月らしくない世界だが、そもそも僕自身が、元日の朝にこの「らしくない」音楽を求める心境にあったということなのだろう。

  Link:  Nuit / Janis Crunch & Haruka Nakamura

数日前から元日は雪の予報だったし、寒い朝だったので外は雪でも降っているのだろうと勝手に思いこんでいたが、7曲目の”カノン”を聴きながら、それまで締めきっていたカーテンを開けてみて驚いた。東の空の稜線は明るく、空は晴れていた。今年も思いがけず、初日の出が拝めそうだった。

  Link:  カノン/ Janis Crunch & haruka nakamura

日の上る気配を感じ、祈りにも近い気持ちを抱きながら、10曲目の”insincere love”に耳を傾けた。昨年以来、いろいろうまくいかなかったことが、今年は少しでも良くなるように...そんな気持ちだったのかもしれない。

  Link:  Insincere love / Janis Crunch & Haruka Nakamura

その後、家族も揃ってお正月を迎え、ゆっくりした時間を過ごしているうちに空は一変していたようだ。次に外を眺めたときには、一面銀世界に変わっていて、なんだかその潔いまでの急変に、いっそ晴れやかな気分になった。


それから1週間、年明けから随分時間がたったこの土曜日、所用で出かけていたディアモール大阪の円形広場に奇妙な自販機が設置されているのに気づいた。未来自販機というらしい。飲み物の自販機のようで、種類は「あっかる~い」と「くらーい」の2種類のみ。お金の投入口も返却口もある普通の自販機だ。まだ周辺にはロープが張られていて近寄れない状態だったが、不思議な光景だった。

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一体何の自販機なんだろう。飲み物であることは確かなようだが、あまりにも説明が無い。思わずi-phoneでパチリと一枚撮影したあと目的の場所を目指した。所用をすませ、再びその場所を通ったとき、自販機の前に短い列ができているのに気づいた。列の最後尾では、係りの人が小さなチラシを手渡している。先ほどの疑問が解けるかもしれないと僕も並んでみた。手渡されたチラシには、「未来について、最後に考えたのはいつですか?」とある。

うーん、難しい質問だ。何が難しいかって、そもそも「未来」という言葉の解釈が難しい。自分や家族の「将来」については、しょっちゅう考えているような気もするけど、「未来」と言われると少しニュアンスが異なる。「未来」はどちらかと言えば時間の経過を表す概念的な言葉で、個人を指し示している感覚が薄い。あまり細かいことは考えず、僕自身は漠然と、世の中のことを聞いているのだろうかと、そのときは思った。

チラシの裏面には、「未来自販機の味わい方」が載っている。「あなたにとって「未来」のイメージは?」とあって、「あっかる~い」か「くらーい」をチョイスして、ドリンクを味わってみてください、とある。ちょうど説明文を読み終わった頃に、自販機の前に到着。お金を入れる必要は無いらしいが、いざボタンを押す段階で、しばし迷った。そして押したのは「くらーい」ボタン。「あっかる~い」が、普通に「あかるい」だったらそちらにしたかもしれないが、「あっかる~い」感じの未来ってのは無いなと、直感的に思ったのだ。あるいはここ数日報道されていたパリのテロ事件の影響も微妙にあったかもしれない。缶飲料はウーロン茶のようだったが、その場では味わわずコートのポケットに入れ持ち帰った。

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どうもこのイベント、生命保険会社のキャンペーンのようだったが、持ち帰った「くらーい」缶飲料は、家族にすこぶる不評だった。「何故くらーいのを持って帰ってくるのか」と非難轟々。あの~、おみくじと勘違いしてませんか?と言っても納まらない。自分で、あっかる~い未来を放棄したのだと言わんばかりだ。だって、今の世の中、くらーいでしょ?未来もどちらかと言えば...と言いながらも、自分でも「くらーい未来」を飲む気になれず、気分も沈みがちに...

その翌日の日曜日、別件で再び梅田に出たのであの場所に行ってみると、その日も同様に自販機前に人の列が...思わず並んで、迷わず「あっかる~い未来」を選んだのでした!やっぱり、あっかる~い未来は、自らの手で掴み取らないとね、なんて言いわけをしながらね。

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ところで、「あっかる~い未来」と「くらーい未来」の味はどうだったか。どちらも紛れも無くウーロン茶だったけど、幾分「くらーい未来」の方が苦かったような...気のせいかな。

何はともあれ、お読みいただいた皆様の「明るい未来」をお祈りいたしております。最近は少々ご無沙汰気味になっていて新年のご挨拶も遅くなってしまいましたが、本年もよろしくお願いいたします。


<追記>

自販機の横には電光掲示板があり、それまでに何人の人が「あっかる~い」を選んだか、「くらーい」を選んだかが記されていました。僕が二日目に見た時は「あっかる~い」が75%でした。それが一番、明るいことだったかな。(初日は9割くらいあったような気もするんだけど。。。)


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TVCMの時代は終わったのか

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誰しも忘れられないテレビコマーシャルのひとつやふたつ、あるんじゃないだろうか。僕も18歳で故郷の愛媛を離れるまでは十分にテレビっ子だったので、子供の頃にインパクトを受けたCMは山ほどある。

たとえば、僕の中では「かあさん手作りあんころりー・・・」という悲しい旋律とセピア色の映像がなんともレトロな「前田のドライあんこ」のCMや、松山で高校時代を過ごした伊丹十三が僕たちの祖父母の世代が使っていたような懐かしい愛媛ことばで淡々としゃべるのが可笑しかった「一六タルト」のCMがその筆頭だったりするんだけど。(わからないでしょうね~。愛媛ローカルです...)

  Link:  一六タルトのCM(伊丹十三)

もちろん全国版のCMにも印象的なものはたくさんあったが、その頃のCMは本編の間に挟まれた箸休めのようなもので、特に何を考えるわけでもなく幕間の休憩時間に流れる「寸劇」を眺めていたような気がする。

僕は、その後7年間ほど敢えてテレビの無い生活をしていた。再びテレビを見るようになったのは社会人になってしばらくしてからで、長い空白期間を経て見た80年代中頃のCMは、本編以上に世の中を動かす力を持っているような気がした。時代は「クリエイティブ」であることを求め、いつの間にかコピーライターやCMプランナーという聞きなれない職業にスポットが当たるようになっていた。

ちょうどその頃、梅田にある某本屋で手にとって「これは面白い!」と購入するようになったのが月刊誌「広告批評」だった。(当時は隔月刊だったかも。)手にとる前は業界誌かなと思っていたが、そうではなかった。メディアの寵児達を取り上げたインタビューや対談、知的好奇心を煽ってくる特集、そして最新のCMに対する様々なコラムやそこからあぶりだされる社会時評は、すこぶる新鮮で刺激的だった。

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CMをひとつの作品として芸術性を云々したり、恐らく練りに練られたコピーの先見性やそこに埋め込まれたメッセージを論じたり、あるいはキャスティングされた人物にスポットを当てて深堀りしたりと、まさに時代のエネルギーを一旦吸収して増幅させるような雑誌だった。その主宰者で僕が読み始めた当時は編集長でもあったコラムニストの天野祐吉さんが今週亡くなられたとお聞きして、いよいよ本当に終止符を打ったんだなと実感し、心の奥の方がしんとなった。ひとつの時代の終わりは、いつもそこはかとなく寂しい。

思えば僕の場合は、10年ほど購読し続けた後、90年代も後半にはピタリと読まなくなり、手元にあったバックナンバーも処分してしまった。それでも時々目に入る面白そうな特集の時は入手して読んでいた。5年ほど前、「広告批評」が創刊30周年の2009年4月号をもって休刊すると聞いた時には、少し唐突な感じがしたものだ。確かに天野さんは年をとったが、天野さんとともに「広告批評」を立ち上げ、1988年に天野さんから編集長を引き継いだ島森路子さんはメディアでの露出も多く、天野さんの話す「マスメディア広告万能の時代は終わった」という休刊理由に納得はしたものの、万能じゃなくてもマスメディア広告はやはり重要で、そこのところの力を抜いてもらっては困るんだけど、という思いが燻っていた。

確かにCM全盛の頃と今とではテレビコマーシャルの重みは変化している。ビデオに録られればCMはスキップされてしまうし、若い世代のテレビ離れが進みケイタイ・スマホも含めたインターネットの世界での広告にターゲットは移りつつある。ある意味暴力的ともいえる一方通行のCMに振り分けられる企業の予算はどんどん削られていく。そのあおりでテレビ局の収入は減少し、番組自体の質の低下につながる。番組の質が低下すれば、結果的にそこに付随するCMへの投入原資も減り、ふたを開ければ即効性だけを求める健康食品や通販のCMだけが活況を呈していたりする。

とはいえ、まだまだテレビCMは一気に流行語を生み出すだけの力は持っている。質の高いCMを作って、テレビ自体の価値をあげるのは「今でしょ」...っていうのは、「にわとり・たまご」の関係のような話だが、現状は昔では考えられないほど厳しい状況であるということだけは確かだ。

そんな中でこの春、全身の筋肉が衰える難病により島森路子さんがまだ若くして亡くなられた際に、天野さんは、「広告批評」の休刊は実は島森さんの病気とも関係していたことを明らかにした。そうだったのか、という思いとともに、復刊に少しばかりの期待もあったんだけど...それは天野さん自身が亡くなられたことにより潰えてしまった。

天野さんの訃報を聞いた後、僕がちょうど「広告批評」を読み始めた1986年に刊行され、その軽妙な語り口と堅苦しくない論評で僕自身一気に魅了されてしまった天野さんの本「私のCMウォッチング」を久々に引っ張り出してきた。これは当時朝日新聞に連載されていた同名のコラム100編を集めたもので、もう30年近く前のCMにまつわる話なので忘れているものも多い。

図11

その中に「音楽をCMする」という一文がある。「何はさておき、冬の夜はコタツでミカンを食べながら、音楽をきいていたい。」という文章で始まるこのコラムは「人は音楽をきいているとき何を想像しているんだろう」ということが、サントリーローヤルのCM・マーラー編で流れる音楽、マーラーの「大地の歌」をきいていて、気になり始めたという話だ。

  Link:  サントリー ローヤルCM マーラー編

天野さんはそのCMをみて、CMの作り手が「大地の歌」を「わたしはこんなふうにききましたよ」と映像にして見せてくれていることを面白がっていた。ちょうどMTVが流行り始めた時期で、「あれはもともとテレビ用に作られたレコードのCMである」とした上で、ポピュラー音楽はプロモーションビデオで音楽のイメージを映像にしているんだから、クラシック音楽も気取ってばかりいないで、サントリーのCMのように大胆に映像化すればいいのに、とつぶやき、「これからの音楽は目をつぶってきく時代から目できく時代へ、すごい速さで進んでいくんじゃないかという気がする。」と締めている。これなんか、まさに今やクラシックの世界でも、DVDやBDの発売で新境地に入っていることにつながっていると思うんだけど...

ところで、この当時のサントリーローヤルのCMはとにかく印象的で、その芸術的な映像と音楽の組み合わせが独特な世界観を作っていた。もともとサントリーのCM製作といえば開高健や山口瞳も席を置いていたくらいで、そもそも目指すものが違っているんだろうけど。 “マーラー編”と前後して、ついつい映画「ブリキの太鼓」を思い出してしまう“ガウディ編”や“ランボー編”、そして“ファーブル編”と続いたが、当時そのあたりの音楽を担当していたマーク・ゴールデンバーグのソロ・アルバム「鞄を持った男」が、恐らくサントリーの肝いりで1985年に発売され、僕も気になって購入した。そういえば、まだCDという媒体が出始めたばかりの頃だったかな。CMでの音楽はすべて入っていたんだけど、今回聴いて一つ残念だったのは演奏。CMでの演奏とは違い、このアルバムはマーク・ゴールデンバーグが一人で演奏した多重録音盤で、CMでは生楽器で演奏されている部分が、シンセサイザーでの演奏だったりする。当時は最先端の音だったのでそれでよかったんだけど、今聞くと多少時代遅れな感じがする。今の時代にはオリジナルのCMバージョンの方がピンとくるかもしれない。

  Link:  サントリー ローヤルCM ガウディ編
  Link:  サントリー ローヤルCM ランボー編
  Link:  サントリー ローヤルCM ファーブル編

鞄を持った男 / Mark Goldenberg
鞄を持った男 / Mark Goldenberg


  Link:  L' Homme a Valise(鞄を持った男)/ Mark Goldenberg


「私のCMウォッチング」の100編の中には、「葬式のCM」というコラムもあった。結婚式のCMはたくさんあるのにお葬式のCMがほとんど無いことを取り上げ、人間の死とCMはなじまなぬものらしい、としながら、唯一知っている「お葬式」のCMとして、葬列をバックに遺言状が流れるフォルクスワーゲンのコマーシャルを紹介している。

  Link:  フォルクスワーゲンCM(1970) – 「お葬式」

そして、結婚式の主役は花嫁だがお葬式のCMは男が主役になった方がなんとなくドラマになりそうな気がする、として、「伊丹十三さんあたりに出演してもらって、そろそろ男のおかしさやかなしさをえがく葬式のCMが出てきてもいいころなんじゃないだろうか。」と締めている。伊丹さんは既に亡くなられたが、この文章は映画「お葬式」が製作された年のものだった。

そんな文章を残されていた天野さんの死出の旅路は、さぞやクリエイティブなものになるんじゃないかと思っていたんだけど...故人の意思により通夜、葬儀は行わないらしい。今頃、「今はそういう時代じゃないんだよ」なんて一人つぶやいて、力なく笑っておられるかもしれない...

ご冥福をお祈りいたします。


<追記>
ちなみに、映画「お葬式」は、50歳にして初めて映画を撮りたいと思った伊丹十三氏が、先に紹介した愛媛のCMの発注元、松山にある和菓子会社、一六本舗の玉置泰社長に相談し、その一六本舗が出資をして実現した伊丹監督の処女作です。玉置泰社長はその時以降、伊丹プロダクションの社長、映画プロデューサー、スポンサーとしてその後の全伊丹作品を支え続けました。すなわち、あの一六タルトのCMが無ければ、映画「お葬式」も日本映画の復興も無かったかも知れません。そういえば天野さんも愛媛の松山で中学・高校時代を過ごされたそうです。

「9.11」と「3.11」

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2011年9月11日。
今日は二つの大きな出来事を思う日だ。

一つは10年前の9.11。世界を震撼させ、21世紀最初の年を暗雲の中へと導いた事件。あのアメリカでの同時多発テロの発生した日から、もう10年...そんなにもなるのだ。

僕はその頃、公私共に大きな転換時期にあり、毎日重苦しい日々を送っていたのだが、たまたまその日は何か事情があって早々に退社し、夜の9時前には家に到着していた。僕にとって当時テレビは、最新ニュースを見るためのツールでしかなく、その日はめったに見ない9時のNHKニュースを見るため、テレビのスイッチを入れた。

9時ピッタリに始まったニュースは、いつもと様子が違った。モクモクと一筋の煙がビルから立ち上る不安定な映像が映し出されている。ライブ映像だ。しばらく何事かと思って見入っていたが、放送しているアナウンサーも事情をよく飲み込めていない様子で、ニューヨークの貿易センタービルに旅客機が衝突したらしい、という事のみを伝えていた。そして、しばらく見ていたその目の前で、2機目が突っ込んだのである。その瞬間、これはただ事ではないと悟った。世界が「意思ある衝突」であることを認識した瞬間だ。とんでもない事態が今進行している、ということが嫌でも判り、その晩は、ずっとテレビの前から離れることができなかった。

あれは世界の大きな転換点だった。そして、それはいまだ進行中でもある。それがどこまで大きな意味を持つのかは、さらにもっと先の時代において、歴史の中で評価されていくのだろう。

翌年の春先にヨーロッパから米国へと巡る出張があったのだが、このときの出張は本当に大変だった。ヒースローやフランクフルトも審査やチェックで大いに手間取ったのだが、米国内はさらにひどかった。確か、ヒースローからワシントンへ渡って、その後国内線に乗り継いだのだが、乗り継ぎ時間を4時間近くとっていたにも関わらず、入国審査のところで全く間に合わず、出発の直前に申告して、何とか走って乗り継げた。さらには、いざ搭乗のタイミングになって、ちょっとこちらへ、と手招きされ、裏に連れて行かれ靴を脱げ、上着を脱げ、と念入りに調べられた。(調べられているのは、アジア、東洋系の人達ばかりだった。)あの不快ではあるが、諦念にも似た感覚を、今でも複雑な心境で思い出す。


そしてもう一つは、ちょうど半年前の3.11。東日本大震災である。この日付の符合も不思議で、こうやって思い起こすべき日が同日になるというのは、単に偶然であるとは思い難い何かを感じる。

その日も、たまたまリアルタイムで映像を見ていた。その週は前半が様々なイベントと重なっていて忙しかったが、金曜日は久々に少し緩んだ日で、午後、日頃できていなかった機材セッティングを行っていた。最終的な映像セッティングをやっている間、NHKの国会中継を映していたのだが、そこに緊急地震速報が流れた。同僚と、「本物の緊急地震速報って初めて聞いたよね」と言い合っていると、国会内が徐々に揺れ始める。これは大きいぞ、と思った直後、実際に床がゆらゆらと来た。しかも長い。ゆっくりと大きな揺れだ。震源は東北。これは大変な地震だ。そこからしばらくは映像に釘付けで、上空からの津波の息を呑むような映像もリアルタイムで目に入ってきた。

3.11は、間違いなく21世紀の日本の転換点になる日だ。これもいまだ進行中だが、一方で2万人にものぼる犠牲者に報いるためにも、元気な日本をいかに早く取り戻していくのか、より良い日本につなげていくのか、この世界中が縮みつつある今、その教訓を無にせず、新しい日本を想い、考え取り組むべきフェーズなのだと思う。


どちらの場合も、その後しばらくは音楽を聴く気になれなかった。リアルな現実の前で、音楽は無力なのか?そんなことも思った。でも、しばらくして音楽は戻ってきた。そして、力になった。やはり音楽は素晴らしいと思った。

今日紹介のアルバムも、音楽のもたらす力を感じさせてくれるもの。米国unseenレーベルから発売されたコンピレーションアルバム 「FOR NIHON 日本のために」だ。ジャンルはアンビエント、エレクトロニカ、ポストクラシカル。それらのシーンの名だたるミュージシャン38組が参加したチャリティー・コンピレーションアルバムである。

For Nihon
For Nihon / V.A.


その少し前からその傾向はあったのだが、特に震災後、聴くことのできる音楽が限られる中で、CDショップで頻繁に訪れるようになったコーナーがここだ。心象や情景を印象的に音楽に反映させるイメージに心が開いた。しばらくは、そういう音楽ばかり聴いていた。

このアルバムは米国ポートランド在住のアンビエント/エレクトロニカ・ミュージシャンでHeliosやGoldmund名義で活動するKeith Kenniffと、シューゲイザー・ユニット MintJulepで共に活動している奥さんのHollieの2人がチャリティーコンピレーションのプロジェクトとして立ち上げ、作成されたものである。

彼らは、東日本大震災を知った直後から、自分たちにできることを話し合い、友人たちに声をかけ始めた。その協力者の輪は瞬く間に拡がり、38組もの参加となった。売り上げで得た利益はニューヨークに設立されたNPOジャパン・ソサエティーのJapan Earthquake Relief Fundに100%寄付されるという。日本からも、坂本龍一をはじめ、aus、Ametsub、Cokiyu、Sawako、Little Phrase、Ex-Confusionが参加している。

それらのミュージシャンがそれぞれ日本を思い、自らの心に拡がる印象を音楽に転写している。時に感傷的なメロディーが響き、透明感あふれるサウンドが満ちる。包み込まれるような音響世界が広がる曲もあれば、ミニマルな音の流れが心地よさを誘う曲もある。

    Link:  "This Time Tomorrow"/ Hollie & Keith Kenniff
    Link:  "Wind and Distance" / Colin Kenniff (featuring Hollie Kenniff)
    Link:  “This Too” / Near The Parenthesis
    Link:  “Daylight” / Aus
    Link:  "kizuna"/Ryuichi Sakamoto  

かなり早い段階から、デジタル配信で販売されていたが、今回2枚組みのアルバムとして輸入販売が始まり、早速手に入れ、はまった。今は通勤の車の中で流しているのだが、サウンドとともに世界を一変させてくれる力を持ち、その短い運転の時間、ストレスを吸収してくれる。

とにかく、この「日本のために」という一つの想いの下で作られたアルバムは、美しく透明で心地よい。そして僕たちはそれを購入し、その先のミュージシャンの想いを受け止め共感する。これもまた支援の形なのだと思う。

まだまだ、これで終わるわけではない。むしろここから新たに始まることもある。それはこの先ずっと続くのだ。僕たちは僕たちにできる無理のない形で、ずっと心をかけていたい。そんなことを思わせてくれる音楽だった。



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