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心待ちにしてました!

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先週、「フェルメールからのラブレター展」を観に行った帰り、四条・南座前の柱に、5月7日の僕のブログでも紹介した写真家、エリオット・アーウィットの作品展のポスターが貼ってあった。場所は、何必館(かひつかん)・京都現代美術館という、この四条通り沿いにある、こじんまりとした美術館だ。どうも今やっているらしい...知らなかった。こ、これは行くしかありません!関西であることを心待ちにしてました!とはいえ、その日はもう遅く、既に閉館した後だった。

あれから一週間。早速、昨日行ってきた。「一瞬の劇場」と題する作品展は、彼のホームページでも一部公開されていて見覚えのあるものが多かったが、先週のフェルメールとは違って、人もまばらな静かな空間で、何必館の所蔵するオリジナルプリントの中から厳選された60点ほどが、間口は狭いが縦に伸びるビルの1階から5階にかけて、整然と展示されていた

一枚の写真が、実に様々なことを感じさせてくれる。まさに「千の言葉」に値する。「深刻にならないように、深刻に取り組む」とは、彼の言葉だが、写真の横に記されている撮影年と撮影場所。それがあるだけで、写真の背景がふわーっと浮かび上がってくる。その瞬間に閉じ込められたユーモアが悲しみに変わることもある。一見した印象と、全く違った感慨が浮かび上がってきて、思いは多方向に廻る。戦後直ぐのものから最近までの、様々な年代のものが混在し、当時は撮った本人も知らなかったその後の歴史の中で、さらに付加された悲しさ、寂しさが迫ってくる作品もある。

静かな空間に並ぶ大判のモノクロ写真には、右隅にエリオット・アーウィットのサインがあり、自らの手で一枚一枚現像されたものであることがわかる。それぞれ、彼が表現したかったものが、その濃淡も含め、そのままの形で再現されているのだ。この建物の5階は、京都らしい雰囲気の日本間があり、その前に小さな吹き抜けの空間が作られているが、それらの写真たちは、とてもこの京都の雰囲気に馴染んでいた。落ち着いた空間に、落ち着いてはいるが時にはっとさせられるモノクロ写真たち。心待ちにしていた作品たちに会えて、どこかほっとした時間だった。

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さて、心待ちにしていた、といえば、今年の夏の暑い盛りの頃、タワー・レコードのワールド・ミュージックの新作コーナーで、非常に懐かしい名前のアルバムを目にし、迷わず入手した。「RED HOT + RIO 2」だ。

RED HOT + RIO 2
RED HOT + RIO 2


このアルバムは、1990年にエイズ撲滅を目指して作られたチャリティー団体、レッド・ホット・オーガニゼーションによって発表され続けている「RED HOT」シリーズというチャリティー・コンピレーション・シリーズの新作だ。「2」があるということは前作「1」があるわけで、それはちょうど15年前。当時日本でも薬害エイズ問題が世間を賑わせていた中で発売されたのだが、その豪華さと素晴らしさにはただただ脱帽し、第2弾が出ることをずっと心待ちにしていたのだった。

この名作シリーズが再びブラジル音楽をフォーカスしたわけだが、第2弾のテーマは「トロピカリア」。「トロピカリア」とは1960年代後半のブラジルの若者たちの間で沸き起こった革新運動のことで、音楽の分野でもビートルズに代表される新しい音楽の風を旧来のブラジル音楽の中に取り込み、強いメッセージ性と奇抜な衣装やパフォーマンスで一大旋風を巻き起こしたムーブメントである。中心人物は、若かりし日のカエターノ・ヴェローゾやジルベルト・ジル、ガル・コスタなどであり、それまでのブラジル音楽の壁を突き崩し発展させてきた。その音楽は今や世界レベルであり、外に向かっても様々な影響を与え続けている。

そのトロピカリアを代表する重鎮たちに混じって、熱狂的なトロピカリア・チルドレンを自認するBECKやJOHN LEGEND、さらには世界中の新世代の多彩なミュージシャンたちが参加しコラボレートすることで、ブラジル音楽の新しい「今」を体現させてくれるおもちゃ箱のような作品だ。2枚組、33曲が詰まったこのアルバムは、正直まだまだ聴きこめていないが、時にカエターノ・ヴェローゾやジルベルト・ジルの当時のアルバムを振り返りながら、感慨深く聴き進めている。


そういう中で、第1弾、1996年発売の「RED HOT + RIO」を取り出してきて聴き返してみた。あ~、よみがえってくる。当時このアルバムから、どれだけ刺激を受け、わくわくしたことか。今もその思いは消えない。古さも全く感じない。本当に奇跡的な一枚だ。

Red Hot + Rio
Red Hot + Rio


このアルバムをつくるに当たって、Red Hot Organization は、まず最初に世界中から尊敬を集めていたボサノバの立役者アントニオ・カルロス・ジョビンを訪ね、ボサノバを今の時代の音楽にリメイクしたいという意志を伝えた。同時に60年代終わりから起こったトロピカリア(この中ではトロピカリズモと書かれている)の楽曲も取上げたい旨を語り、ジョビンもそれを快諾した、という。

そういう意味では第1弾のテーマは「新時代のボサノバ」だったのかも知れない。では何故タイトルが「RED HOT + BOSSANOVA」にならなかったのか。恐らくは、たとえ旧来の様々なブラジル音楽をベースにしたとしても、目指すべき新感覚の音楽は、ジャンルを分け得ないことを示したかったのではないかと思う。

このアルバムには全18曲中ジョビンの楽曲が8曲取上げられているが、ジョビン自身もジョビンを尊敬してやまないスティングと”How Insensitive”で競演し、ジョビンのピアノ、ロン・カーターのベースで、スティング、ジョビンでのデュエットを聴かせてくれている。しかし、図らずもこの録音は、ジョビンのラストパフォーマンスになってしまった。この直後、ジョビンはアルバムの完成を待たずしてこの世を去ったのである。そういう意味では、このアルバムは、ブラジル音楽に魅せられた、あるいは関わってきたミュージシャンたちの、亡きジョビンへの思いのいっぱい詰まったアルバムになっているのだ。

しかし、その音楽は多彩で刺激的だ。
先ずはオープニング。マニー・マークはワルター・ワンダレイを彷彿とさせるオルガンサウンドを駆使して軽い今風ボッサで出迎えてくれる。続くジョビンの名曲“コルコヴァード“では、エブリシング・バット・ザ・ガールが、もうどこからどう見てもEBTG!という、チープで心躍るドラムン・ベースでの新時代ボサノバを展開する。トレイシーのクールでやさしい歌声は、なるほどボサノバにピッタリだ。う~ん、今聴いても刺激的だ。

  Link:  Corcovado / Everything But The Girl

さらにはトーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンとブラジリアン・ポップスを代表する女性シンガー、マリーザ・モンチによる“三月の水”。ステレオラブとハービー・マンによる“ワン・ノート・サンバ”。アシッド・ジャズのインコグニートがオマーとアナ・カランをフィーチャーした“おいしい水”など、ジョビンの音楽を素材に、自由で奔放な新しいボサノバが、次々と飛び出してくる。

“エ・プレシード・ペルドアール”はカエターノ・ヴェローゾとベテラン女性シンガー、セザリア・エヴォラのデュエットだ。バックは坂本龍一。ダークでスペーシーなサウンドとグルービーな打ち込みドラム、エッジの効いたシンセベースサウンドで、独特な、ゆるくたゆたう世界を作り上げている。この曲を坂本龍一とともにプロデュースしているのが、ジョビンの生前、ジョビン・バンドでチェロを弾いていたジャキス・モレレンバウム。数年後この二人は、ジョビンのトリビュート盤「CASA」を世に出す。これは僕の愛聴盤になっているが、その話を聞いた時、この曲のイメージがあったので、打ち込みでエレクトリックなアプローチのアルバムになるのだろうと思っていた。ところがふたを開けてびっくり。(この件は、昨年の9月26日の僕のブログに掲載しています。ご参照あれ!)

  Link:  E Preciso Perdoor / R.Sakamoto & C.Veloso && C.Evora

ヒップ・ホップのPMドーンやネオ・ソウルの旗手、MAXWELLも素晴らしい世界を見せてくれている。そしてトロピカリアから現在に至るまでのブラジルを代表するミュージシャン達も参加し、新しいブラジル音楽の世界を模索している。

最後は、恐らくカセット音源なのだろう、実際にこの発売の6年前、1990年にエイズに感染し32歳の若さで亡くなったブラジルの80年代を代表するロック・シンガー、カズーザの歌「愛しているといわなくちゃ」で締められている。競演は、あのジョアン・ジルベルトの娘、ベベウ・ジルベルトだ。ギターのみでリラックスして演奏される二人の音楽は、どこかほっとするようで、物悲しく響く。この時代のブラジルは中南米でも飛びぬけて、HIVの感染率が高い国だった。多くのミュージシャンが若くしてこの世を去ったという。エイズは当時から比べれば、格段に治療法も確立されているがまだまだ広がりつつある。

  Link:  Preciso dizer que te amo / Dé, Bebel e Cazuza

先日、大震災のチャリティーアルバムを紹介したが、ここまで長く継続しているチャリティーの世界もあるのだ。しかも、そこから生み出される音楽は、その枠を超えている。そのクオリティーが共感を呼び、さらに聴衆が増え、その力は威力を増す。こうした流れは今後も拡大していくのだろう。

先のエリオット・アーウィット展で入手した写真集を眺めながら、そんなことをつらつら思いつつ、CDを何度もかけなおした。以前から手元において時折眺めたいと思っていた写真集を、今回はリーズナブルな価格で入手できて満足している。しかし、これらのモノクロームの世界。意外に音楽を選ばない。色の無い分だけ、融和しやすいのだろうか。そういう世界もいいな、なんて思ったりするのも、秋を感じるせいなのかもしれない。さて、うちのボサノバたち。そろそろ衣替えをする時期なのかもね...



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フェルメール 秋の夜長に ポール・サイモン

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昨日は、久しぶりに京都に出た。京都市美術館で開催されている「フェルメールからのラブレター展」を観るためだ。

いつもの同行者 (あ、うちの奥さんです) は午前中、大阪・梅田で所用があり、1時前には終わるとのことだったので、その後京都で落ち合い、遅いお昼を食べてのんびり観にいこう、という話になった。そのほかのことは一切決めず、朝別れたきり、僕は1時半頃京都に着くように、ゆっくり出かけた。後は携帯メールのやり取りで適切な時間に会えるという...なんとも便利な時代になったものである。

おかげで、お昼は以前から行きたかった鴨川べりの川床のあるイタリアン割烹でセッティングでき、ちょうどこの週末で終わる納涼床納めにも立ち会えた。太陽が降り注ぐ中で、なんとも気持ちのいい季節。秋の入り口を十二分に感じることができて満足、満足...と、時計を見ると3時半が近い。やばい、美術館って早く閉まるよね、融通利かないし...

ということで、のんびり向かうという当初の計画を急遽変更。お店を出て直ぐ、信号待ちのタクシーに乗り込んで、そのまま平安神宮に隣接した京都市美術館まで直行...あっという間に到着しました!

ところが、である。簡単には入れてくれない。結構な人垣がみえる。もう閉館も近い時間なのにプラカードを持った人が叫んでいる。「ただいま50分待ちです。」 あっりゃ~、人気あるんだね~。そりゃそうか。フェルメールだし。3連休の中日だし。テレビでもやってたし。

何週間か前の日曜の夜、就寝前に少しだけ見た「情熱大陸」で、たまたまこの展覧会にフリーのキュレーターとして関わった林綾野さんを追っていた。キュレーターと言っても、いわゆる文化施設の学芸員という感じではなく、その見識と情熱を持って、展覧会の企画に直接関わる重要な仕事である。彼女はその中で、この展覧会の目玉であるフェルメールが3作品しかない状況下、どのように衆目を集めるのか、心を砕いていた。現地での徹底的な調査により、「手紙」というテーマで何とか行ける、という感触をつかむあたりが、捉えられていた。そういう意味では、内容の展示方法や流れも含め、大成功だったと思う。

その映像の中で、彼女が、直接見るのは初めてのフェルメールの一枚の絵に対面するシーンが捉えられていた。その前から少し違った雰囲気に移りつつあるのは感じたが、いざ対面し、黙って見つめる彼女の目から溢れる涙は、とても印象的だった。ナレーションで言うように、確かに恋する女性の姿にも見えた。絵画であれ何であれ、表現物は時として人にその瞬間を与えるのだ。

同じ感動を、僕も初めて対面するフェルメールで味わいたかったが、いや~、それどころではなかった。フェルメールと同時代のオランダ絵画を“コミュニケーション”というテーマで紹介する展示は、最初こそゆっくり観られたのだが、最後の“手紙”のテーマのところで、展示ルームに完全に入場制限がかけられ、フェルメールの絵を目前に、さらに20分ほど待機状態。ようやくたどり着いた3作品。満員電車並の混みようではあったが、きっちり観ることができた。

イヤリングや椅子の留め金具、装飾品、そして眼球にわずかに当たる、丸みを帯びた光の表現がやはり印象的に目に入り、「光の魔術師」たる所以をこの3作品からでも感じることができ、さらにその絵に潜む物語の一端も感じられた。全体的にも、これだけ混んでいたにも関わらず、不満はあまり残らない、いい展覧会だったと思う。

しかし、残念ではある。今度は何か別のものでもいいので、あの彼女の感動の片鱗だけでも光来してくれないものか、と思ってしまう。芸術の秋ですからね~。

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さて、今日の一枚は、この季節になると必ず聴きたくなる懐かしいアルバム、秋の気配を感じさせてくれるポール・サイモン 1975年の名作、「時の流れに」 にしよう。(ジャケットのポールサイモンの半そでシャツは、その髭も含め、秋の気配とは程遠いですが...)

Still Crazy After All These Years / Paul Simon
Still Crazy After All These Years / Paul Simon


このアルバムは、発売後しばらくして、サイモン&ガーファンクルの大ファンの友人が、どれほど素晴らしいかをまくし立て、LPレコードを無理やり僕に貸してくれた。高校生になりたての僕は、ファンというほどではないものの、こっそりアルバム「明日にかける橋」は持っていて、その良さを実感していた。しかし、こと音楽に関しては目の前で、いい、いいと言われると、素直に同調できなくなるひねくれ者だった。随分聴いた後、「まあまあだった」と返したが、僕の頭の中にはしっかりとその音楽が刻まれていた。

このアルバムは、その年(1976年)のグラミー賞を獲ったのだが、僕が驚いたのはその日本の音楽に与える影響力だった。今までそういう感じ方をしたことが無かったのだが、高校時代に聴いたニューミュージックと呼ばれ始めていた音楽の中に、明らかにこのアルバムの影響を受けたと思われるものがポロポロ出てきて、頭の中にあるそれらの音楽との符合に、日本のニューミュージック系のミュージシャンが向いている方向を、期せずして実感したものだ。

本格的に聴き始めたのは大学に入ってから。ひねくれた音楽性も、それまでの僕の音楽の世界を根底から覆してくれる友人たちのおかげで、矯正され、今度は素直に、このアルバムを受け入れられた。

それまではポール・サイモンといえば、ギター片手にフォーク・ソング、といったイメージだったが、このアルバムはその後フュージョンの世界で名を馳せる名プレーヤーたちがたくさん関わっていたり、どちらかといえばブルース系のフィービー・スノウとデュエットをしたりと、それまでのイメージを大きく覆している。

そんな中、”マイ・リトル・タウン”という、解散後、再度「サイモン&ガーファンクル」名で出した曲がここには入っていて、大いに話題を呼んだが、やはり僕はタイトル曲 “時の流れに (Still crazy after all these years)” が一番好きだ。ボブ・ジェームスによるエレピの前奏に始まるこの曲は、なんともいえない緩やかで心地よい、ポール・サイモンの音楽世界を作り出している。間奏で入るマイケル・ブレッカーのサックスソロも、ボブジェームスの弦・管のアレンジも、とても素敵に響く。恐らく、その後広がるAORの走り、と捉えることだってできると思う。大人の音楽なのだ。

    Link:  Still crazy after all these years / Paul Simon

しかし、前述の「日本の音楽界に与えた影響」の一つだが、4曲目の“恋人と別れる50の方法”におけるスティーブ・ガットの独特のドラミング...この演奏に似たものを、その後どれだけ聴いたことだろう。まあ、相手が神様のような人なので、無理は無いにしても、その恐らく難しいであろう奏法を、「どうだ!俺もできるぞ!」という感じで聴かされると、もうその時点で音楽そのものが入ってこなくなって、困った記憶がある。

    Link:  50 ways to leave your lover / Paul Simon

とにかく全体を通して、落ち着いた静かな世界が広がっている。どんなににぎやかな楽曲も、印象は静かだ。それはポール・サイモンの声にも要因があるのだろう。秋を感じさせるのはその声のせいかもしれない。

秋の夜長にポール・サイモン。いいと思いますが、おひとついかがですか?



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清水界隈を歩く

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一昨日、天気もよさそうだったので、散歩がてら京都に足を伸ばした。最近、通勤も8割がた車を使うようになって、運動不足も甚だしい。何か定期的に体を動かせればいいのだろうけど、その時間も取れそうにない。せめて趣味と実益を兼ねて散歩するくらいかな、ということで、休日に思い立てば、それを口実に気の趣くまま街中に出てぶらぶらしている。

今回はうちの奥さんの要望も取り入れ、2年ぶりに清水方面に出かけた。9時半頃家を出て、車を京阪沿線、最寄り駅近くの駐車場に止め、電車で京阪・清水五条駅へ。時間は10時半。ここから五条坂、清水新道を清水寺へ向かって登り、帰りは産寧坂、二年坂を通って八坂神社までゆっくり下るという、定番の散歩コース。染井吉野は既に終わっているが、仁王門前の枝垂桜は、かろうじて花を残している。八重桜(恐らく関山)、御衣黄桜は満開で美しく、所々で参道をひかえめに彩っている。

さて、このコースを楽しく行くには、おのぼりさんに成りきるに限る。何度か来ていると、感じのいい新しい店はすぐにわかる。おいしそう、と思ったら、買ってみて歩きながら食べる。気になる脇道は、迷わず入ってみる。そんなことをしているから、いつまでたっても前に進まない。ずっともぐもぐしながら、あちこち、ふらふらしている。

しかし、すごい人波だ。ここはいつ来ても多いのだが、地震の影響で減っている、という印象はない。一つ以前と明確に違う点は、多くの若い人たちが着物を着て歩いていることだ。どうも手軽に借りられるセンスのいい貸衣装屋さんがいくつかできているようだ。見ていると、二十歳前後の女の子同士、あるいはカップルが多いように思う。着物の柄もかつてのような、いかにも貸衣装、という感じのものだけでなく、シックで落ち着いたものも多く、巾着袋から髪の毛まで、しっかりアレンジされている。それが周りの風景に結構馴染んで、さらにいい効果をもたらしているように思う。かつてのタレントオーナーの軽い店が乱立していた頃に比べれば、お店も歩いている人の雰囲気もずっといい。ようやくこなれてきたのかなと思う。

やっとのことで到着した清水寺の入り口手前、左手に清水寺成就院・特別公開の看板が。この期間しか公開されていない庭園を見ることができるということで、迷わず向かう。

成就院の庭園は、別名「月の庭」と呼ばれる国の名勝であり、江戸時代初期を代表する名庭。敷地外の高台寺山を借景して、限りある庭に無限の広がりを持たせている模範的な借景式庭園である。この時期と秋の一時期にしか公開されない。「月の庭」と呼ばれながら、ここから月を見ることはできない。月は建屋の真上にあがり、月明かりが、庭の砂や石や木を照らすことで、幻想的な景色が広がるとの事だ。昼間でも十分に素晴らしいのだが、いちどその世界を見てみたいものだ。(残念ながら、写真は一切禁止でした。)

この庭を臨む座敷に座り、外の景色を眺めていると、新緑は新しい息吹を感じるほどにすがすがしく、微細な緑の濃淡は美しく、入ってくる風も穏やかで、本当に気持ちが良かった。人はそれほど多くなく、さすがに横にはならなかったが、足を投げ出してうつらうつら。少し眠ってしまった。

お茶をいただき、重い腰を上げて外に出る。案内板を見ると、他にもいくつか特別公開されているところがあるようだった。「よし!今日は清水の舞台は無し!」と、清水寺本堂の入り口で踵を返した。特別公開の庭専門で行こう!もうひと眠りー!

その後、清水坂、産寧坂、二年坂と、いろいろ引っかかりながら高台寺方面へ。そこで「高台寺」と北の政所終焉の地「圓徳院」を巡る。この圓徳院の庭がまた良かった。ねね様自身が伏見城から移した桃山時代を代表する枯山水だが、庭先から見る庭の感じと、座敷の奥から眺める庭の風情が全く違う。なかなかゆっくりできたが、少し人も多く、さすがに眠れなかった...うーん残念!

ということで、散歩をしているはずが、完全に観光客と化してしまい、四条にたどり着いたときには、なぜかいろいろなものを両手に抱え、時間は夕方ってわけ。どうもすみませんっ!

さて、今日の音楽。清水での散策の前夜、ウイリアム王子とキャサリン妃のロイヤルウェディングの中継があり少しだけ見ていたのだが、それと関連する愛聴盤を紹介しようと思う。(京都とは関係ないが...)

今回の挙式はチャールズ皇太子・ダイアナ妃の時より、うんと小規模だったらしい。当然呼ばれてしかるべきブレア元首相やブラウン前首相も参列していない中、ウェストミンスター寺院の座席最前列に、今にも泣き出しそうなエルトン・ジョンとそのパートナーが座っていたのは目を引いた。考えてみると、ダイアナ妃との親交が厚かったエルトンジョンが、14年前、15歳だったウィリアム王子を気にかけ、その後も深く関わってきたであろう事は容易に推察できる。

14年前、同じこの場所での葬儀の中、エルトンジョンは、もともとマリリンモンローへの哀悼のために作った「Candle in the wind」の歌詞を変え、ダイアナ妃に捧げ、熱唱した。その後、この曲はシングル盤として再びヒットしたのだが、その時からさらに24年前に発売された彼の7枚目のアルバム「Goodbye Yellow Brick Road」に原曲は入っている。

Goodbye Yellow Brick Road / Elton John
Goodbye Yellow Brick Road / Elton John


このアルバムは、恐らく彼の最高傑作ではないか、と思う。僕自身初めて聴いたのは、大学に入って友人の持っていたアルバムを拝借してからだが、それまでは、どうもこの人は無理、という感じで敬遠していた。もちろん1970年に大ヒットした"Your Song"は知っていたが、その後、知名度が上がるとともに、そのデビュー曲とは全く結びつかない奇抜で派手なスタイルが露出され、その理解の枠を超えたはじけ様は、まだ10代の少年を遠ざけるには十分だったのだ。

恐る恐る聴いたこのアルバムは、僕に「先入観で判断を下してはいけない」ということを教えてくれていた。2枚組のLPレコードだったが、頭から尻尾の先までしっかりあんこの詰まったたい焼きのような(おなかすいてるので、ひどい比喩ですが)あまりに素晴らしいトータル・アルバムだったのだ。

もともと、このアルバムは2枚組にするつもりはなかったらしい。しかし、次々に出てくる曲想を紡いでいくと、結果的に2枚になった。その全盛期の手のつけられない才能の発露が、こういう形に結実したのだろう。そういう点では、買いなおしたCDでは1枚に収められているため、快適ではある。

全般的には、エルトンジョン・バンドとも言えるメンバーのバンドサウンドが基本だが、これがすごくいい。締まった音とその技術の高さは、幼児期からピアノの神童と呼ばれ、11歳で王立音楽院で学び始めた彼のピアノが軸になって、未だに古さを感じさせない。しかもそれらは、単にがちがちの音ではなく、ポップ色の強い、バラエティーに富んだ味付けがなされているのだ。そして、当時全盛だったプログレッシブロックの影響を感じさせる曲("Funeral for a friend")やレゲエ色の強い曲("Jamaica Jerk-off")など、様々な音楽の要素もふんだんに取り入れている。

しかしやはりこのアルバムの魅力は、ナイーブな彼の内面を垣間見せるいくつかの楽曲が効果的に配されているところだろう。前述の"Candle in the wind"もそうだが、やはりタイトル曲"Goodbye yellow brick road"に尽きる。ファルセットを駆使したコーラスを効果的に使い、ピアノの音がさらに思いを高める。その心の奥をさらけ出したような響きがたまらない。そして僕の大好きな最後の曲、"Harmony"。このアルバムの様々な美点を、余韻として十分に残してくれるこの曲にも脱帽である。

このアルバムは、ぜひカラフルなインナーブックを眺めながら楽しんで欲しい。そして、2枚組みのLPレコードの4面がいったいどこで区切られていたのか、曲と曲のつながり、間の取り方も含め、エルトンジョンの意思を感じながら聴けば、なお楽しい。

40年近く前の音楽とはとても思えない素晴らしい一枚である。



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