Jerrio's Music Cafe

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祝婚歌

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2月14日のバレンタインデーが近づいてくると思い出すことがある。残念ながらチョコレートの話ではない。もう随分前のことだが、その日結婚式を挙げた先輩の披露宴で司会を任された苦闘の記憶がよみがえってくるのだ。その先輩Kさんは、大学の先輩であり職場の先輩でもあったが、そんなKさんを差し置いて僕は2年ほど早く結婚していた。

最初話があったときは荷が重いので断ろうとも思ったが、僕の時はまだ院生だった大学時代の後輩に司会進行をお願いしていたし、当日はKさんにも楽器を演奏していただいた手前もあって、結局断りきれず引き受けることになった。

プロの司会者を使わないのだから、Kさんの期待は自ずと手作り感にあったのだろう。とは言え、きちんとしたホテルでの披露宴なので、いい加減なこともできない。言ってはいけない言葉もあれば、守らなければならない流れもある。僕は早速その手の本を買ってきて、Kさんとも相談しながら、当日の台本作りにいそしんだ。

結果的にはKさん夫妻にもご両親にも喜んでいただけて大成功だったのだが、慣れないMCで緊張しっぱなしだった上に、思い通りに運ばない進行とリアルタイムでの時間調整によるばたばたで、終わったときには、さすがにぐったりきた。気がつくと横隔膜のあたりが思いっきり凝っていて、その日の夜は腹筋の奥の方がどうにもだる重く、寝るに寝られないという羽目に陥ったのだった。

あの頃は毎月のように友人やいとこ達の結婚式があり、またかとうんざりするようなこともあったが、出席してみれば結婚式はやはりいいものだった。これから新しく出発する二人がみんなの祝福の中心にいる。そこでの演出がどんなにお定まりのものであったとしても、当の二人にとっては一世一代のことだ。そこには日頃知ることのない二人の道のりを見ることができるし、そこでかけられる言葉は、誰よりも本人たちに響き、僕たちはその感動のおすそわけをいただく。

そんな中で、誰の披露宴だったのかは忘れたが、確か新婦の叔父様が二人のために詩を朗読されて、その詩にあまりにも感動したことがあった。その人のオリジナルなのか、誰か別の人の詩なのかもわからないまま、部分的にではあったが、その内容をずっと覚えていた。

それから随分年月が過ぎ、唐突にその詩に出くわしたのは数年前のことだ。それはある酒造メーカーの新聞一面を使ったイメージ広告だったと思うが、「祝婚歌」と題されたその広告の中に、確かにあの時の詩が掲載されていた。僕は朝、仕事前に何気なく読んでいた新聞で、その文言に唐突に対面し、とても場違いな感動に満たされた。

「祝婚歌」は先月15日に87歳で亡くなられた詩人の吉野弘氏が、姪の結婚式に出席できなかったときに姪夫婦に書き送った詩で、1977年に刊行された詩集「風が吹くと」に収められている。その後、この一編は様々な場所で多用されるようになったが、吉野氏はある対談で、この詩を「民謡のようなもの」とした上で、「民謡なので自由に使ってもらっていい」「著作権料は徴収しない」と語っている。今日はその意に甘えて、全文を掲載したい。


   「祝婚歌」  吉野 弘 

  二人が睦まじくいるためには
  愚かであるほうがいい
  立派すぎないほうがいい
  立派すぎることは
  長持ちしないことだと気付いているほうがいい
  完璧をめざさないほうがいい
  完璧なんて不自然なことだと
  うそぶいているほうがいい
  二人のうちどちらかが
  ふざけているほうがいい
  ずっこけているほうがいい
  互いに非難することがあっても
  非難できる資格が自分にあったかどうか
  あとで疑わしくなるほうがいい
  正しいことを言うときは
  少しひかえめにするほうがいい
  正しいことを言うときは
  相手を傷つけやすいものだと
  気付いているほうがいい
  立派でありたいとか
  正しくありたいとかいう
  無理な緊張には
  色目を使わず
  ゆったり ゆたかに
  光を浴びているほうがいい
  健康で風に吹かれながら
  生きていることのなつかしさに
  ふと胸が熱くなる
  そんな日があってもいい
  そして
  なぜ胸が熱くなるのか
  黙っていても
  二人にはわかるのであってほしい


最後の8行の感慨は、若い二人にわかるのだろうか。そう思うとこの詩は、そのときだけで終わらせず、折に触れ味わい直して欲しい。そう思い始めると、近しい二人には、ぜひこの詩の入った詩集を贈りたい、そんな欲求が湧き上がってしまうんだけど...


さて、今日の音楽。こういう話題だから、やはり関連した曲を。ということで、今日はフィンランドの作曲家、クーラ作曲の “結婚行進曲”にしよう。この曲はNAXOSレーベルから発売されている、「フィンランド管弦楽名曲集」に収められていて、10年ほど前、アルバムを購入した際に初めて聴いた。

フィンランド管弦楽名曲集 / ヨルマ・パヌーラ指揮、トゥルク・フィル他
フィンランド管弦楽名曲集 / ヨルマ・パヌーラ指揮、トゥルク・フィル他


  Link:  Wedding March / Toivo Kuula
    (オケ版が無かったので、弦楽四重奏版でどうぞ)

実はその少し後に、後輩の披露宴に招かれ、思いがけずこの曲に再会した。某放送局の一階にある小さなラウンジでの、つつましい披露パーティーだったが、二人が登場してくる際に流れたのがこの曲だった。定番であるメンデルスゾーンの結婚行進曲とは違って、とてもソフトで品があり、決してメジャーとは言えないこの曲を選んだ選曲眼に、なんて趣味がいいんだろうと感心しきり。一気にボルテージが上がった記憶がある。

ちなみにこのアルバムには、アールトイラ作曲の“アクセリとエリナのウェディング・ワルツ”という曲も収められている。こちらは恐らく結婚式のお客様の前で、主役の二人が踊るワルツなのだろう。少しもの悲しい優雅な音楽を聴いていると、結婚式で感じる感傷的な気分が満ちてくるようだ。最近はハワイじゃなくてフィンランドで結婚式、なんていうプログラムもあるらしいけど、誰かやらないかな。絶対ついていくんだけど...

  Link:  Wedding Waltz of Akseli & Elina / Heikki Aaltoila


ここのところ結婚式への出席もめっきり減っている。昨年は一回のみということで、これも年回りなのかなと思う。いとこや友人関係は、もうとっくに終わってるし、仕事場でもそれらしい人は見当たらないので、なかなかこの詩を贈る機会がない。

でも考えてみればうちの子供たちも、3人いる姪っ子と1人の甥っ子も、そろそろ社会人となる年頃だ。時代は廻り、またまたそういう時期が到来するわけで...よし、今のうちに6冊注文入れておこうかな。全てあっさりはけてしまうことを願って、ね。

贈るうた / 吉野弘
贈るうた / 吉野弘


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花のワルツ

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ツツジの季節ももう終わりなのだろうか。いつの間にか、リビングから見えるマンションの中庭に咲くツツジの花も、目立たなくなっている。連休の頃には、鮮やかな濃いピンク色が一帯を染め上げて、この時期ならではの華やかさを感じさせてくれていた。この少し紫がかった濃いピンク色は、そのまま「躑躅色(つつじいろ)」と呼ばれ、日本では古来、衣の色目として人気があったようだ。淡い色合いの桜に続く、日本のこの季節の色だ。

花の色なんて、若い頃はあまり意識したことはなかったし、花自体に興味もなかったので、恐らく「さて、ツツジはいつ頃咲くのでしょうか?」などと問われても、答えられなかったことだろう。でも、ちょうど13年前の5月を境に、ツツジの花とその色は、僕の意識の中に深く浸潤し、今やこの季節と切り離せないものになっている。

13年前の5月1日、長らく乳がんを患いながら亡くなった叔母の葬儀があった。連休に入ったばかりで、僕も急遽帰省し、葬儀に参列した。叔母は当時まだ50歳くらいだったと思う。父には5人の男兄弟がいて、父はその長男だったが、亡くなったのは下から2番目の弟の連れ合いだった。

僕が小さい頃は仲がよかった父の兄弟だが、祖父母が病気がちになり始めたあたりから色々揉め事もあり、仲違いの絶えない時期が長く続いた。それでも、祖父母も亡くなり、みんなも初老の域に入り始め、少し落ち着いたのかなと感じ始めた頃だった。

葬儀が終わり出棺。親族は車に分乗して火葬場に向かう。山間の公営墓地の片隅にある小さな火葬場で、その隣にはひっそりと待合所もあった。子供の頃から何度か来た場所だったが、いつ来ても何とも言えない冷たい雰囲気が漂っていた。

火葬炉は3,4機あっただろうか。そのうちの一つの扉の前での最後のお別れ、そして点火。悲しみは最高潮を迎え、あとは拾骨までの時間を静かに待つことになる。この時間は、持参したお酒などを飲みながらの待機となるのだが、その日は素晴らしい天候で、僕は父や叔父たちとともに、火葬場の外の駐車スペース脇に数台あったベンチに座り、持参したビールを飲みながら、悲しみの余韻が納まるのを待つ体制に入った。

東京から戻っている一番下の叔父もいて、久々に父の兄弟が5人そろっていた。しばらくはそれぞれに静かな時間が流れていたが、父が、連れ合いを亡くした弟への励ましの言葉で口火を切った後、徐々に会話に全員が参加し始め、和気あいあいとした雰囲気になっていった。そのうち、父の健康談義が始まった。自分がいかに毎日健康に気を使った生活をしているかを語り始め、叔父たちは自分たちも見習わなければいけないと話しながら、時折うまそうにビールを口に運んでは笑顔になっていった。

ベンチの周辺には、まぶしいほどに赤く色づいたツツジの花が咲きほこっていた。暖かな日差しの中での久々の父たちの談笑。そして晴れ渡った空の下のツツジの花が、こちらの気持ちまで暖かくさせてくれ、悲しい日ではあったが、一方でこういう穏やかな時間が父や叔父たちに戻ってきたことに、少しほっとするような心持ちになった。


その葬儀から一週間後、今度は父が脳動脈瘤破裂による「くも膜下出血」で急死した。何の前ぶれも無い、突然の死だった。5月10日が葬儀だったが、その日僕は、一週間前を再現したかのような快晴の空の下、その時と同じベンチに腰をかけ、父の火葬の終了を待っていた。手にはビールはない。横には、まだ小さかった子供たちがいた。

そこに叔父たちがやってきて、黙ってベンチに座った。一人の叔父が、僕と目が合った時、「先週、ここで兄さん、自分は毎日健康に気を付けて生活しているんだと自慢してたのになぁ。」とポツリと言った。「ほんとに...」と僕は頷き、立ち上がって快晴の空を仰いだ。

しばらくして目を元に戻すと、一週間前と全く変わらない満開のツツジの花が、突然視界に現れたような気がした。ずっと咲いていたはずなのに、その時不意に色彩を感じたのだ。強烈な「つつじ色」だった。しかしそれは、穏やかで暖かな色だった。僕は、先週この場所で見たその花が、今も散ることなく、同じ場所で同じように咲き誇っているにもかかわらず、先週はあんなに元気だった父の姿だけがそこにはないこと、そしてもう一時間もすれば、真っ白な灰になってしまうという理不尽な現実を、その時初めて受け入れたのだと思う。人の命の危うさと尊さが身に染みていた。そしてそこで僕は、時代は変わり、人は入れ替わっても、同じように淡々と流れる時間の無情さをも、感じ始めていたのだろう。


ということで、少し気分を変えて今日の音楽。花の話だったので、やはり花の音楽を聴くことにしよう。チャイコフスキーの「くるみ割り人形組曲」から、「花のワルツ」なんてどうだろう。

  Link:  Tchaikovsky - Waltz of the Flowers

「花のワルツ」はチャイコフスキーの3大バレエの第3作「くるみ割り人形」の音楽のうちの一曲で、その15曲のうち8曲をチャイコフスキー自身が演奏会用として編曲・構成した組曲の終曲に当たり、バレエよりも先に初演された。それはチャイコフスキーの死の前年であり、この曲は、遺作となった第6交響曲「悲愴」の前作にあたる。

チャイコフスキーの死は「悲愴」の初演9日後の突然の死だったため、その死因をめぐっては諸説入り乱れ、映画にまでなっている。甥との同性愛を音楽界の人々から糾弾されての自殺だったという説は、「悲愴」とのつながりから言っても最もセンセーショナルでありながら納得のいく説だが、実際のところはわからない。ただその死因がどうであっても、チャイコフスキーは当時、厳しい立場にいたことだけは確かだ。

そんな中で作られた「花のワルツ」は、ワルツを愛した彼の作品の中でも、とびぬけて美しい曲である。花を見たとき、花に囲まれた時のうきうきした気分を感じることができる軽やかなワルツ。一方で、その中に突然現れる、チェロとビオラでの悲しい旋律。それはこの曲を一層魅力的なものにしている。そこから感じる、胸の疼きのようなものは、実は花が本来持っている悲しみの源泉なのではないか。花が心を和ませるのは、その裏に花自身が持っている悲しみがあるから・・・僕はこの曲を聴くと、どうしてもそんなことを感じてしまうのだ。

楽しさと悲しさは表裏一体。それはあの年以降、ゴールデンウィークの頃にツツジを見るといつも感じることだ。しかしその思いの底には、何故かいつも穏やかな気分が流れている。それは微かに鳴り響く通奏低音のように。ひっそりと。確実に。


  *** 「花のワルツ」は僕の愛聴盤、小澤征爾の若き日の演奏でぜひどうぞ

チャイコフスキー「悲愴」「くるみ割り人形組曲」/ 小澤・パリ管
チャイコフスキー「悲愴」「くるみ割り人形組曲」(1974)/ 小澤・パリ管




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フィンランドへの思い

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フィンランドを訪ねてみたい。時々そんなことを思う。北欧の地に未だ足を踏み入れていないことが原因かもしれないが、それがノルウェイやスウェーデンではなく「フィンランド」なのは、恐らくシベリウスの故国を感じてみたいという思いが、僕の心の何処かに隠れているからだろう。

フィンランドの作曲家、ヤン・シベリウスのオーケストラ作品に、「悲しきワルツ」という小品がある。この曲は1904年に初演されているが、その前年に上演された「クオレマ」(フィンランド語で『死』を意味する)という戯曲の第一幕の音楽を自ら改訂したものだ。

僕はこの曲がとても好きで、しんしんと冷え込む今の時期、静かな空間でひとり考え事をしているような時、ふと我に返るとジンジンとした胸の奥の方に、その冒頭のなんとも切ない伴奏の音形が聞こえてきたりする。

  Link:  悲しきワルツ/ シベリウス / アシュケナージ指揮、ヨーロッパ室内

コントラバスのピッツィカートで始まり、「ブン・ターラ、ブン・ターラ」というワルツの伴奏。その上にゆったりとした弦のメロディーが乗ってくる。その納まりのつかない不安定な音形が、行き場のない寂しさや悲しみを感じさせるようで切なく響く。曲の方は、一瞬納まったり、また不安定になったり、急に快活になったりしながら、波に揺られるように変化しつつ進行していくが、最後は静かにバイオリンの悲しい和音で終結する。

その音楽から生み出される悲しみの余韻は、何故か甘い。思えば、悲しみというものは、絶望に至らない限り、いつか甘美な余韻を連れてきてくれるものなのだろう。


シベリウスの音楽は交響曲も含め、北欧の風土を強く感じさせてくれるようで僕は大好きなのだが、その中でも、アマチュアのオーケストラで演奏経験のある者にとっては、恐らく最も馴染み深いであろう交響詩「フィンランディア」にも特別な思いがある。

  Link:  フィンランディア/ シベリウス/ ヘルシンキ・フィル

僕も何度か演奏したとてもポピュラーな曲だが、合唱つきで演奏されることもある中間の賛歌の部分は、第2のフィンランド国歌とも呼ばれ更に有名だ。中学生か高校生の頃、祖国の自然を賛美する歌詞で合唱した記憶もある。しかし僕にとってはこの部分は、賛美歌298番「やすかれ、わがこころよ」として定着している。

僕はとっても不敬虔だが一応クリスチャンであり、この賛美歌298番を昔から愛唱歌ということにしていたので、僕たちの結婚式の中でも参列者に歌っていただいた。恐らく僕のお葬式でも(あればですが)、同じように歌っていただくことになる特別な曲なのだ。


そんなフィンランド、行くとすればやはり首都の港町、ヘルシンキだろうか。そういえば、お正月の3日早朝、僕が大好きだったNHKの番組、「世界ふれあい街歩き」のアンコール放送をやっていた。この番組は、世界の街のなんでもない通りを、ただただ歩いたり寄り道したりするカメラ映像に、あたかも本人が散歩をしているかのように、上から俳優さんや女優さんの声をかぶせただけの番組だが、なんとも自分が海外に行って、一人街を歩いているような幸せな気分になれる番組だった。その日はルクセンブルクの旧市街だったが、それを見ながら、あー、ヘルシンキを散歩したい、と心底思ってしまったのだ。

そんなヘルシンキの街や人を映し出した映画が、この日本で生まれた時には、本当に驚いたものだ。群ようこ原作、荻上直子監督の2006年の作品、「かもめ食堂」である。

  Link:  かもめ食堂 予告篇

小林聡美、片桐はいり、もたいまさこのトリプル主演と聞いて、その数年前に録画してみたテレビドラマ「すいか」を思い出し、なるほど、この3人がどこかで食堂をやるコメディーってところかなと、その映画の雰囲気まで想像できるような気がしたが、その舞台がフィンランドのヘルシンキだ、というところでぶったまげてしまった。なんでまた・・・と思ってしまうと止まらない。早速原作本を購入して読み、それから随分後になってDVDか何かで映画も観た。作品としては期待を裏切らなかったし、ヘルシンキの設定もそれなりに納得した。調理の場面もとても丁寧に撮られていて、なんとも「ほんわか」するとともに、やはり行ってみたい、という思いになったものである。

さて、このかもめ食堂、撮影で使用したカフェが、かもめ食堂(Kahvila Suomi)として今でも営業されているらしい。行きたいという思いだけでつかみどころのなかったヘルシンキの街に、なんとも単純なようだけど目標ができたようで、うれしかった。

ところで、ヘルシンキは案外日本と近くて、成田から10時間とのこと。フィンランドは日本に一番近いEU加盟国だと聞いてびっくりしたが、少しはハードルが下がった気がする。ハードルだけ下がっても飛ばなきゃいつまでも行けないわけなんだけど...さて、北欧の地を踏めるのはいつのことやら、です。


*** シベリウスのオーケストラ小品は、僕の愛聴盤のベルグルンド盤でぜひどうぞ

シベリウス管弦楽曲集 / ベルグルンド指揮、ボーンマス交響楽団
シベリウス管弦楽曲集 / ベルグルンド指揮、ボーンマス交響楽団



*** かもめ食堂のBD, DVD, 原作本もぜひ

かもめ食堂[Blu-ray]
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かもめ食堂 [DVD]
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かもめ食堂 (幻冬舎文庫) / 群ようこ
かもめ食堂 (幻冬舎文庫) / 群ようこ




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冬来たりなば...

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「春」がなかなか来てくれない。いつまでもコートが手放せないし、暖房だってつけっぱなしだ。時々少しだけ顔を覗かせたりもするんだけど、恥ずかしそうにこちらの様子をうかがっては、さっとまた扉を閉じてしまう。いくらなんでも、もうすぐ4月って時にそりゃまずいんじゃないの?って...そんなこと大きな声で言ってると、またすねてしまってなかなか出てこなくなるから、いいよいいよ、気が向いたときで、桜も寝てるし、なんてことを呟きながら、横目でこっそり様子を見てたんだけど。

それでも真冬の寒さを思えば、随分春めいてきたし、まあそろそろ春の準備もやらなきゃね、ってことで、景気づけにヴィヴァルディの”春”でも聴いて気分だけでも盛り上げておこう、なんて思ってたんだ。でもなんだか、外は嵐のようだったし、雨も風もすごくて、能天気な”春”の気分でもなかったので、ちょっとひとクセもふたクセもあるこのアルバムを引っ張り出してきた。バイオリニストのギドン・クレーメルとクレメータ・バルティカによる「エイト・シーズンズ」だ。

Eight Seasons / Gidon Kremer & Kremerata Baltica
Eight Seasons / Gidon Kremer & Kremerata Baltica


このアルバムは、ヴィヴァルディの「四季」とピアソラの「ブエノスアイレスの四季」を組み合わせ、再構築したものだ(4+4=8ってワケです)。ピアソラはその作曲にあたって、ヴィヴァルディの「四季」を充分に意識していたと言われている。この盤の「ブエノスアイレスの四季」は、恐らくはこのアルバムのために、レオニード・デシャトニコフ(舌噛みそう...)がソロ・バイオリンと弦楽合奏用に編曲した版で、これが実に凝ったつくりになっている。

曲順も単純に二つの楽曲を並べたものではなく、まずはヴィヴァルディの「春」全3楽章のあとピアソラの「ブエノスアイレスの夏」がくる。次がヴィヴァルディの「夏」、ピアソラの「秋」と続く。最後は、「ブエノスアイレスの春」で終わるという寸法で、全曲で16トラックになる。

これを聴いていて思ったのは、僕の大好きな「ブエノスアイレスの冬」こそが、今を表すのにピッタリの曲だなってことだった。暗い冬の間、内側に閉じ込められた情熱や心の疼きを感じさせる音楽、その最後に春に向かう明るく神聖な想いが垣間見える。

  Link:  Piazzolla - Invierno Porteño(ブエノスアイレスの冬)/ Gidon Kremer

ここで演奏される「ブエノスアイレスの冬」には、ヴィヴァルディの「夏」に含まれるモチーフが随所に出てきて、最初、なんで「夏」なのかな、と思った。終盤少しだけ「冬」のモチーフも出てくるが、それもすぐに消えてしまう。よくよく考えると、ブエノスアイレスは南半球であり、その冬の時期は、北半球では夏なのだ。まるでそう編曲してください、と言わんばかりの流れの上に、モチーフが乗るので、決して違和感は無い。恐らくピアソラも南北を行き来しながら音楽活動をしていたはずであり、きっとそう思い描いたに違いない。よくできているのだ。

まるで表裏貼り合わせた透かし絵のように、対象性を考え合わせ構築された不思議な世界。それはジャケットの両面にある、8つの月の満ち欠けの写真とも相まって、どこか神秘的であり、時空のずれを感じさせる演出だ。

全体を聴いて思うことは、なんてアグレッシブな「四季」なんだろう、ということ。音色や奏法の使い分けも、クレーメルならではの挑発的なもので、このバロック時代の聴きなれた穏やかな音楽が、ピアソラの音楽に煽られ一体となる事で才気溢れる切れ味の良いものになっている。

このアルバムは1998年の録音だが、以後このカップリング・編曲での演奏やアルバムが増え、ついには数年前、日本でも「アンサンブル金沢」のライブ盤「Eight Seasons」が出たりした。なかなか演奏は難しそうだが、やっている方は、さぞ楽しいことだろう。アマチュアでもやるっていうのなら、当分の間何処かにこもってでも練習して弾いてみたい、そんなことも思ってしまった。


ところで、このカップリング・アイデアは、クレーメル盤より前にあったらしい。調べてみるとその2年前にイタリア合奏団が録音したものが最初であることがわかった。そのアルバムはDENONの定番シリーズ「クレスト1000」に入っているようで、構成は単純に二つを前後に並べているだけのようだが、編曲はどうなっていたのだろうと、とても興味が湧き、別件もあったので土曜日に梅田で探してみることにした。

マルビルのタワーレコードにはなく、茶屋町のタワーレコードでも見つからない。随分前の発売なので、クラシックの中古CDを扱っているところにあるかもしれない。土曜日だし、大阪駅前第1ビルから第4ビルあたりの地下に林立するあやしい中古CDショップも開いていそうだ。こうなったら気持ちが納まらないので、そこまで行って探してみようと思った。

この大阪駅の南側に位置するビル群は、今をときめく大阪駅周辺の再開発とは無縁だ。僕が大阪に来た二十数年前ですら新しいイメージはなかったので、もう相当なものだろう。当時は、ヤマハやカワイ、ローランドといった楽器メーカーのショールームやショップが一階にあったり、これは今でもあるが「ササヤ」という楽譜専門の書店があったりして、よく通ったものだ。僕は土日しか来ることは無いが、基本はオフィス街なので、地下のお店も含め土日は閑散としている。お店が閉店しているというだけでもなく、テナントの空きもぽつぽつあるようだ。それでも日曜日とは違って、土曜日は開いている店も多いのでそれなりに楽しめる。

ここの楽しさは、その猥雑さにある。再開発され洗練された地下街の脇を抜け、一歩ビルの地下に入り込むと、一気に場末の商店街のような雰囲気になり、僕は結構好きだ。ざっと挙げるだけでも、中古CD店、古本屋、マッサージ店、フィットネスジム、アートギャラリー、寿司屋、居酒屋、ラーメン屋、花屋、喫茶店、金券ショップ、ドラッグストア、あやしい雑貨屋、超マイナーな趣味の店、などなど。まあ雑多でレトロ、怪しくゆるい。そういえば今日も明らかに平成生まれの数人組みの女の子が歩きながら、「いやー、昭和やわー」、と大喜びしていたが、まあ、そういう感じだ。

結局いくつかある中古CD店にもなかったのであきらめたのだが、目に付いた古本屋や得体の知れない雑貨屋に冷やかしで入っているうちに、一体何処にいるのか分からなくなってきた。地下街といってもお店の大きさも様々で、地下1階と地下2階があり、ビル毎の地下は全てつながっているので、その境界はわからないし、通路も迷路のようになっている。

そのうち昼間から騒がしい居酒屋の脇に、ちょっと寂れた通路を見つけた。細い通路だったが、そこを入っていくと階段があり、さらにしばらく進むと、見覚えの無い一角に出た。そこは、それまでよりさらにレトロで怪しい雰囲気の店が並んでいる。通路も心なしか狭い。さっきまで周りにいた今風のカップルなど見当たらない。しばらく歩き回っていると、喉の渇きを覚えてきたのでカフェを探すも、そんなしゃれた感じの店はなく昔風の喫茶店ばかりだ。仕方が無いので、サイフォン立てのコーヒーを入れている少し暗めの店に入って席に座る。コーヒーは薫り高くおいしかった。足も疲れていたので、ほっとして途中訪れたお店でもらったパンフレットを眺めていると、少し眠くなってうとうとしてしまった...

どれくらい時間がたったのだろう。音の感覚がなかった耳に、近くの席でおしゃべりをしている女の人の声が聞こえてきた。目を開けると、コーヒーカップは空になっていて、底の方も乾いている。少し眠りすぎたかな、と思った。さて、ここはどこなんだろう。えらく「昭和」な場所に来たんだったな。CDもあきらめたし、そろそろ帰らなくては、と持ってきた傘を手に、店を出ると、なんだか見慣れた風景だ。あれ?変だな~、なんて思いながら、見慣れた通路をいつものように駅の方に向かったのだけど...

電車が地下から地上に出るあたりで外を眺めると、降っていたはずの雨の気配はすっかりなく、春めいた日差しが差し込んでいる。乗客は少ないが、誰も傘など持っていない。傘を手にしている自分が場違いな感じだ。駅に止まるたびにドアから入る外気は、まだ冷たくはあるものの、春のそれだった。

そうだよね、今日はもう3月31日だしね、なんて思いながら、iPhoneをポケットから出して眺めると、「日曜日」になっている。えー?そんなはず無いよ、僕は土曜日に出かけたんだけど...と、何度見ても日曜日なのだ。まさかあの喫茶店で、一日眠っていたなんてこともあるはずないのに、そう思いながらその時の地下街を思い出そうとするんだけど、上手く思い出せない。僕は、いったいどこに行っていたんだろう。

まあ、不思議といえば不思議で一日損した気分だけど、そんなことどうでもいいや。このまま、春になってくれるのかな。家にたどり着いて、“ブエノスアイレスの冬”を聴きながら、何度もiPhoneのトップ画面を眺めてみるけど...やっぱり、今日は日曜日なんだよね。

ほら、見てよ、4月1日、日曜日ってあるでしょ?ほら。


<おまけ>

「ブエノスアイレスの冬」のモチーフに含まれる、ビバルディの「夏」の第3楽章・Prestoです。これはクレーメルとEnglish Chamber Orchestraの演奏です。あしからず。

  Link:  Gidon Kremer - Vivaldi's Four Seasons - Summer (Presto)


最後にやはり、ピアソラ自身の演奏する「ブエノスアイレスの冬」をどうぞ。
終盤の穏やかな循環コードが、ピアソラらしからぬ、春のイメージを運びます。

  Link:  Piazzolla - Invierno Porteño(ブエノスアイレスの冬)/ Astor Piazzolla



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忘れることのない記憶

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今日は3月11日。あの日からもう1年になる。地震の起こった午後2時46分から数時間の間に、2万人近くの人が命を落とし、悲痛の内に暮れた一日だった。

先週から一週間、テレビでも様々な映像が流されている。改めて、この災害の甚大さと深刻さ、さらには未だ遅々として進まない復興に、そしてそこに暮らす人々、避難している人々に思いを馳せる機会になっている。

これまでも大きな津波被害をたびたび受けてきた日本には、その時代時代に大災害に見舞われながらも復興を成し遂げてきた人々がいたはずだ。そしてその教訓を後世に伝えるために、各地の沿岸部に建立した石碑に文字を刻み、書物に記し、子や孫に口承で伝えてきた。

しかしその警告は正しく伝わっていたのか、というと甚だあやしい。人は時間と共に忘却する生き物だし、目に見えないものに切迫感を持って対処することも苦手だ。そういう点では、東日本大震災は、その犠牲の上に後世に残る貴重な記録を残したとも言えるのだろう。有史以来初めて、大津波の悲惨さが伝わる、空撮も含めた様々な映像が残されたのだ。「TSUNAMI」という世界に通じる言葉を生んだ国が、皮肉にもその恐怖の実像を初めて世界に伝えることになったことも、ある意味悲しいことだが...

そんな中、先週放送されたNHKスペシャル「38分間~巨大津波いのちの記録」は特筆すべき内容であり、その映像に僕はただただ釘付けになった。それはあの日、NHK釜石報道室の記者が撮影した「38分間」の映像と、それにつながるドキュメンタリーだ。その映像は僕も昨年何度も目にした釜石の町が巨大津波に巻き込まれるところを高台から撮影したものなのだが、その画面に映る289人の住民の「生」と「死」、その後の一年間の苦闘を静かに捉えた、他に類を見ない「津波映像」だった。

「忘れないでください。」震災後一年を迎え、被災地から発せられるこの言葉をよく耳にし目にしているが、まさにこの映像は、後世の人々に大津波の凄まじさと悲しさを伝える、「忘れることのない記憶」として、今後いつまでも生々しい映像のまま、世界中の多くの人に警鐘を鳴らし続けるのだろう。


震災の二日後、僕はこのブログで音楽の全くない二日間の話を書いた。テレビでも流れない。聴きたいとも思わない。喫緊のリアルな現状の前では、残念ながら音楽は不必要なのではないか、ということも書いた。そして二日後に、ふと何か聴きたいと思い、選んだ一枚が坂本龍一の「BTTB」(International盤)だったことも紹介した。その最初の曲は、アルバムの一曲目”Energy Flow”だったのだが、そこに戻ってみようと思った。

  Link:  Energy Flow / Ryuichi Sakamoto

ただ、今日は坂本龍一ではなく、ピアニスト・岡城千歳の2000年のアルバム「坂本龍一ピアノワークス」にしよう。ゆったりと感情を込めた坂本龍一の”Energy Flow”は、確かにその時のイメージに合っていたが、今はむしろ、いくつかのエチュードの中の一曲のように、流麗にさらっと演奏される岡城の”Energy Flow”の方が似つかわしい気もする。

Ryuichi Sakamoto Piano Works / Chitose Okashiro
Ryuichi Sakamoto Piano Works / Chitose Okashiro


このアルバムは、ニューヨークを拠点に活動する彼女の坂本龍一作品集で、「BTTB」に含まれる”Bachata”や”Tong poo”など数曲以外にも、坂本龍一自身も録音していないような、彼の習作時代の作品もあり、当時、坂本龍一という作曲家の創作のベースを垣間見たようで興味深く、何度も聴いた作品だ。

  Link:  Bachata / Chitose Okashiro
  Link:  Tong Poo (for four hands) / Chitose Okashiro & J.Y.Song
    (残念ながら、岡城千歳のEnergy Flowはありませんでした)

ほぼ同時期に彼女はチャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」のピアノ・トランスクリプション(1927年ヴァルター・ニーマンによる)をリリースしている。この世界初録音のアルバムは、当時僕を狂喜させた。「悲愴」は僕の大好きな曲であり、その演奏もあまりに素晴らしく、聴き終わって、はーっとため息をついたものだ。昨年の震災からしばらくして、何故かチャイコフスキーの交響曲を聴きたくなったことを思い出し、今日はこのアルバムもぜひ聴き返したい。

Pathetique Piano Transcription / Chitose Okashiro
Pathetique Piano Transcription / Chitose Okashiro


  Link:  "Pathétique" Piano Transcription / Chitose Okashiro
      (残念ながら3楽章しかありませんでした。4楽章がいいのですが...)


さらにもう一作品、今日聴きたいアルバムがある。震災から一ヶ月近くたっても、まだ聴くことのできる音楽が限られていた頃、タワーレコードでよく訪れたコーナーが、アンビエント、エレクトロニカ、ポストクラシカル、ニュー・ミュージックなどと呼ばれる店の隅の方の静かな一角。心象風景を音で表したような、印象的で抽象的な音楽がひしめくこのコーナーで弦楽奏者・波多野敦子の作品「13の水」に出会った。一聴して、その当時の気持ちにスーッと入ってきた音に感動し、迷わず購入した。

13の水 / 波多野敦子
13の水 / 波多野敦子


彼女は元々バイオリニストでありコンポーザーなのだが、チェロもこなすため弦楽奏者となっている。また曲によってはアコーディオンやピアノも弾く。その弦楽器の音は存在感溢れる音だが、決して上手く聴かせるための音ではない。そこに表されたものは心象風景であり、彼女の内に流れる水の音なのだ。

  Link:  群青 /波多野敦子
   (アドレスの watch 以下を watch?v=sYS0UD3FqcU に変えると、
    一曲目”土人”も聴けます)

ある種の音楽は、するっと、ひとの心に入ってきて、内側から撫でたり揺さぶったり叫んだりする。そういう音楽だった。僕は確かこのアルバムを何度も聴いた後、少し高揚した気分で波多野さんに、この音楽を聴いて感じたことと、ぜひ今だからこそ、こういう音楽をたくさんの人に届けてあげて欲しいことを書いたメールをお送りした。数日後、ご丁寧にも返信のメッセージをいただいたが、その中で彼女は、震災後約一ヶ月音楽が聴けなかったこと、今でもまだムラがあることを伝えてくれた。ここまでセンシティブな音楽を生み出す人だからこそ、長引く停滞なのか、と思った。

このアルバムのジャケットは布でできているのだが、これは造形作家吉田容子によるアートワークだ。ろうけつ染めされた布を手縫いして作るジャケットは唯一であり、柄は一枚一枚違う。ちなみに僕の持っているものはピンクからオレンジにかけてのグラデーションが美しいものだが、音楽とジャケットが一体となって迫ってくる作品だ。

去年は、こうやって少しずつ音楽がもどってきた気がする。恐らく、被災地ではもっともっと時間がかかったのだろう。でも、たとえどんなに時間がかかろうとも、あるいはその傷の深さによって、人それぞれその時間が大幅に違おうとも、いずれ全ての人に確実に音楽は帰っていくのだろう。

また明日から、しっかりと前だけを見て歩を早めていく新たな一年が始まる。その歩みに少しでも「力」が与えられることを信じて、鎮魂の一日を過ごすことにしよう。


    *** なんとNHKスペシャル「38分間~巨大津波いのちの記録」の映像がありました。
       許可を得ているとは思えないのですが...
       Link:  NHKスペシャル「38分間~巨大津波いのちの記録」



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