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海から山へ

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いつから海よりも山が好きになったのだろう。子供が手を離れて、帰省の理由が子供がらみではなくなった頃からだろうか。山と言っても登山をする山ではない。緑あふれる森や高原も含めた、海と対極を成す広義の山のことだ。

子供の頃は夏といえば海一色だったし、四季の中では夏が一番好きだった。夏休みになれば毎日のように泳ぎに行き、背中の皮がひと夏に何度もむけた。めくれかけた皮膚をピリピリと剥がすのは気持ちよかったが、手に取った分身を見るといつも蛇の脱皮を思い描いて少しぞっとした。夏休みが終わって学校に行くころにはみんな真っ黒になっていたが、瀬戸内海に面した小さな街に生まれ育った僕にとってそれは当たり前のことだったし、紫外線は危ないので日焼けをしてはいけない、なんて言う大人は一人もいなかった。

成人してからは、それほど泳がなくなったが、夏のそうしたイメージはずっと付いて回った。福岡と愛媛出身の僕達夫婦にとって、長期のお休みは帰省するためものであり、そういう中で子供たちを連れて遊びに行く対象として思いつくのは、まずは海だった。

ただ考えてみれば山へのあこがれはずっとあったのかもしれない。結婚後しばらくして四輪駆動車を購入し、夏休みにキャンプ道具を満載して九州へ帰省したことがある。四国に渡る際、大分の佐伯から高知の宿毛に向けたフェリーを利用し、まだオートキャンプブーム前の閑散とした四万十川を、河原にテントを張ってキャンプしつつ、源流を探って上っていった。子供の生まれる前の二人だけの最後の夏休みだったが、四国山脈の奥深くに車で入り、狭い林道を走って山越えをした記憶は今も鮮明だ。まだ四国に高速道路も無いし、本四架橋も一本も通っていなかった頃の話だ。

流れる水は冷たく澄んでいて、忘れかけている自然を思い起こさせてくれるには十分だったが、そこで目に入るうっそうとした緑の山も森も、分け入って行きたい衝動を起こさせる類のものではなかった。西日本のそうした自然にはずいぶん触れてきたが、さすがに大山と阿蘇は少し違ったものの、あとはどこも似たような感じだった。

2年前、子供も手を離れ、夏休みを帰省以外に初めて使って北海道に行ったが、山裾にあったホテルや車で走りまわった自然の中で感じた清々しさは、西日本では感じ得ないもので、欧州を思わせるどこかほっとするものだった。その時思った「次は信州に行きたい」を、今年の夏休み、実行に移した。


安曇野、白馬、松本、上高地を巡る4日間だったが、日本中とんでもなく暑い4日間で、安曇野や松本も例外ではなかった。暑い。とにかく暑い。日陰に入ると涼しいのだが、気温は35℃近くあったのではないだろうか。安曇野では美術館やギャラリーなど、気になるところをいろいろ回ったが、やはり異常気象だったのか、冷房が完備されていないところもあったりして、その異常ぶりを体感できた。でもまあ、大阪で感じるような逃げ場のない暑さではない。直接日が当たってさえいなければ、まあ、こういうこともあるよね、なんて笑っていられる暑さだった。

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一転、白馬五竜の山上や上高地は、そこからどれほども遠くないのにとても涼しい。午前中の気温にして21~22℃というところだっただろうか。目を山に向ければ、雪渓が残っているのだからびっくりする。日差しは強いがひんやりした空気はどこまでも澄んでいる。そして西日本の森とは明らかに違う木々たち。ブナやミズナラ、シナノキ...白樺も見える。そうした森や、高山植物の生える高原の景観は、西日本では見られないものだ。カメラを向ければ、まるで絵葉書のような一枚が、簡単に手に入る。そんな自然の中にたたずむと、とても落ち着いた気分になれる。僕も変わってきたのかな。

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安曇野を色々巡る中で最も気に入った場所は「安曇野ちひろ美術館」だった。いわさきちひろの子供の絵はもちろん誰もが知っているだろうと思うが、彼女の人生についてはほとんど知らなかった。身近に感じる絵ではあるのに、彼女がいつの時代の人かすら知らなかったのだ。今回、1974年に55歳で亡くなったと知ったとき、僕は彼女の絵をいつから知っていたのだろうと疑問を持った。ずっと展示を見ながらそのことを思っていたのだが、高校時代に友人か誰かから借りたアルバムの音楽の中に「ちひろの子供の絵のような~」という歌詞があって、それを「いわさきちひろ」の絵のことだな、と思ったことを不意に思い出していた。その頃、すでに僕は「いわさきちひろ」の絵を認識していたことになる。ずっと考えていたが、それ以上のことはついに思い浮かばなかった。

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いわさきちひろは、戦前20歳で三姉妹の長女として婿養子を貰い結婚、そのまま夫の勤務地の旧満州・大連に赴くが、翌年21歳の時に夫は自殺している。しかし、日本に帰国後もバリバリの軍国女子を貫き、25歳の時には女子義勇隊の一員として再び満州に渡った。ところが一転、戦後、日本共産党に入党。31歳の時にその活動の中で知り合った、後に国会議員となる松本善明氏と結婚し32歳で男の子を授かる。

ある意味壮絶な人生と、それと不釣り合いな優しい絵の間を、この信州の山懐にある自然が埋めていることを、僕はこの場所だからこそ実感できたように感じた。初日の夕刻の数時間をそこで過ごしたが、中の展示だけでなく、美術館周辺の景観がとても素晴らしかった。花壇や広い芝生の先に、晩年好んで過ごした山荘を模した建物があり、その周辺に佇んでいると、夕日に照らされた一帯の空気が少しずつ翳ってきた。何とも言えない懐かしい気分に包まれて、とても満足してその場を後にした。


というところで、今日の音楽。二日目の午後、絵本美術館に行った後で、近くの「七ヶ月」というカフェ兼雑貨屋さんにうちの奥さんの要望で尋ねたんだけど、そこにはずっと、アコースティック・デュオの「羊毛とおはな」の曲が流れていた。このグループは名前は知っていたし、以前タワーレコードで試聴したこともあったんだけど、しっかり聴いたことは無かった。

レジ横には「羊毛とおはな」のアルバムがたくさん並んでいる。店員さんに、「このお店、何か彼らと関係あるんですか?」と尋ねると、特に関係あるわけではないが、ここでは好んで彼らの音楽だけを流していて、来月には彼らを迎えてお店の中でコンサートを開くとのことだった。狭いお店だったので、こんなところで大丈夫かな、とも思ったが、流れている音楽ととてもマッチした店内は、その音楽にふさわしい気がした。

僕もその音楽にとてもいい気分になっていたので、そこで最新盤の「Live In Living’13」を購入し、早速車で聴きつつ、安曇野をうろうろしたのだが...その音楽がとにかく素晴らしく、完全にはまってしまった。翌日もう一度あのお店に寄って、あと何枚か購入しようかとも真剣に考えたが、目的地と方向が違ったため、それは断念した。

LIVE IN LIVING’13 / 羊毛とおはな
LIVE IN LIVING’13 / 羊毛とおはな


「羊毛とおはな」はボーカルの千葉はなとギターの市川和則のデュオで、この「Live In Living」のシリーズは、リビングルームでライブをしているように、というコンセプトで毎年発売されているシリーズだ(スタジオ録音ですが...)。中には彼らのオリジナルのほかに吟味され選曲された名曲のカバーが詰まっている。

実は最初お店で聴いた時、彼らのオリジナル曲での少女っぽい歌声が聴こえていただけだったので、カフェブームに乗った軽めのデュオくらいにしか思っていなかったのだが、このボーカルを担当する千葉はな、実はタダモノではないことがアルバムを通して聴くにつれてわかってきた。微妙ではあるが曲によって声も歌い方も変化している。しかもその曲だけを聴いていると、何ともベストマッチングな音楽へと変貌しているのだ。とても上手いし感がいい。しかもオリジナル曲がいい。カバーの選曲がいい。これはしばらくはまりそうだ。

一曲目の「ホワイト」でしっかり自分達の世界に導入し、2曲目の「はだかのピエロ」につなぐ。この曲が本当にいい。こういう音楽がもっと売れなきゃね。

プロモーションされている“うたの手紙 ~ありがとう~”もその線のオリジナル曲だが、一方でジョニ・ミッチェルの”Both Sides Now”のようなカバーでは、とても斬新なアレンジで、その世界を作っている。

  Link:  うたの手紙〜ありがとう〜 /羊毛とおはな
  Link:  Both Sides Now / 羊毛とおはな

  Link:  mu-mo 試聴 「LIVE IN LIVING '13」
  (Youtubeに「はだかのピエロ」が無かったので、このページの試聴で少しだけでも。。。)

とにかく今回の信州の旅の音楽は、途中からこのアルバムが完全に占拠してしまった。しばらくは過去に遡り聴くことになるのだろう。その音楽の中に安曇野の情景を思い浮かべられるのは、とても幸せなセッティングなんだろうな...


今回の旅行まで、信州はとても遠い感じがしていたが、実際に車を走らせれば四国に帰省するのと変わらない。早朝に出れば昼頃には着いている。案外近かったのだ。しかしそこを流れる水はどこまでも冷たく、西に向かって走ったのでは出会えない自然に包まれる。今しばらくは、意識は東に向かって進みそうで...次はいつにしようかな。


<おまけ>

ちひろ美術館では、色々本も買い込みましたが、今この一冊、「ラブレター/いわさきちひろ著」を大事に読んでいます。それを原作とした「いわさきちひろ ~27歳の旅立ち~」という映画が去年公開されたとのことで、これもぜひ観てみたいと思っています。

ラブレター /  いわさきちひろ
ラブレター / いわさきちひろ


  Link:  映画『いわさきちひろ ~27歳の旅立ち~』予告編


<追記>

本文に書いた「ちひろの子供の絵のような...」という歌詞のついた曲は、さだまさしの4枚目のソロアルバム「夢供養」の中の一曲、“歳時記”の2番であることがわかりました。当時、このアルバムはむちゃくちゃ売れたはずです。確か従兄から借りたのだと思いますが、その後僕の嗜好が違う方向に行ったので再度聴くことはなかったと記憶しています...しかし音楽の記憶って、しっかりと残るものだなー。

  Link:  歳時記 【LIVE】 / さだまさし



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とっても人間的なカーナビで奈良町へ

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先週の日曜日のこと。前夜少し遅かったのだが、その日は朝8時にすっきり目が覚めた。決して朝早く、という意味ではなくて、僕にとってはこの時間まで寝られたって事がポイントだ。あまり大きな声では言えないんだけど、最近は前日遅くなっても、早朝ほぼ同時間に目が覚めてしまうという悲しい兆候が極まっていて、特に土曜日などは平日以上に寝不足の一日を送ったりしてしまうんだけど....まあ、そんなことはどうでもいい。

とにかく、10月に入ってずっと首の回らない状態が続いていて、ようやく少しだけ安堵できる一日を迎えることができたのだろう。緊張も解けて、ゆっくり眠れた気がした。既に、“いつまで寝てんねん”と言わんばかりの快晴の空に、いつか見たような元気な太陽が輝いている。うっ...まぶしい...とはいっても夏のような不快なギラギラ感はなく、朝の冷気が立ち込める中を、突き進む光の束が見えるような清清しさだった。

そういえば、車を買い替えて既に一ヶ月近くだが、まだ通勤以外でほとんど走っていないことに気付いた。だからと言って、朝早くから「高速に乗って遠出のドライブ」って程、元気でもない。更にいえば、ここの所、歩くこともめっきり少なくなっている。よ~し、歩こう。少し車を走らせて、そのあと散歩。そうだな、久々に奈良にでも行ってみようか。古い町並みの残る奈良町のあたりを散策して、町家カフェでお昼、それからお茶、なんてのもいいなあ、と朝食を食べながら協議。あちらに10時すぎには着くように出発しよう、ってことにして、早速準備を始めた。

前回奈良町を歩いたのは、4年ほど前。まだ車にカーナビがついていなかったので、地図を見ながら、奈良ホテル裏のならまちセンター駐車場にたどり着いたものだが、当時の車は17年間乗った4輪駆動車だった。マニュアルミッションで、一度も故障せず、手放すには愛着がありすぎたのだが、エコカー補助金の魅力には勝てず、その直後に乗り換えたのだった。

乗り換えた車は、僕にとっては初めての普通の車で、初のオートマ車。色はその車種のイメージカラーの赤で、乗るほどに走るのが楽しくなる車だった。カーナビも初めて取り付けた。地デジチューナー入りのハードディスクナビで、使い始めてすぐ、その便利さ、快適さを遅まきながら実感した。当時は通勤に使うつもりも無かったので、躊躇無く赤にしたのだが、そのうち通勤に使い始め、少し抵抗感もあったかな。ということで、今回車検に合わせて、ディーラーの口車に乗り、短期買い替えを決行。色は、黒い縁取りがいい感じのキャンディホワイトだ。ディーラーの話では、カラフルな色が受けていた3年前と違って、震災以降ホワイトとブラックが主流になっているらしい。なるほど~、鈍感な僕でも場違い感を感じるわけだ。

カーナビは以前のものを乗せ代えたのだが、今やスマホと並んで、それ無しではどうにも困ってしまう必需品になっている。しかし毎回感じるんだけど...ホント、カーナビはえらい!行きは岩船街道を経由して、阪奈道路を奈良公園の手前まで突っ切り、後はカーナビの案内のまま、ひょいひょいと何のストレスも無くお目当ての駐車場に到着。本当に便利だ。

奈良町では5,6時間。歩き回り、お店を冷やかし、お昼を食べ、お茶を飲み、買い物をし、人と話し...以前よりかなり増えた、町屋を改造したようなカフェやお店は、美味しくて、雰囲気があって、のんびりしていて。適度な人波とゆるーい感じがとてもリラックスさせてくれた。

ところで帰り道のこと。一方通行の関係もあって、裏道からスタートし、見慣れぬ道をカーナビの言うままにズンズン進んでいたのだが、間違えて案内された道より一本手前の細い道に入ってしまった。まあいいや、そのうち軌道修正してくれるだろうと、しばらくは当てずっぽうで適当に進んでいたんだけど、ナビ子(いつの間にやら名前が。。。)の素晴らしいところは、こういう運転者の挑発にも乗らず、いつも冷静な声で、正しい道に誘導してくれるところなのだ。うん、えらい!

ところが、その日のナビ子はいつもと様子が違っていた。そういえば、出発前に裏機能の「ヒューマン・モード」に設定していたのだった。何度か案内を無視して進んでいると、軌道修正を考える時間が少しずつ長くなっていった。そしてそのうち、ナビ子の案内の声が、いつもの明るい声から、不機嫌な感じの声になっていって、時々ため息をついたりするのだ。挙句の果てには、案内の通りに曲がらないと、舌打ちをし始め、ため口をきき始める。え~、なに?このカーナビ!

しかしナビ子の機嫌は納まらない。僕も仕方なくご機嫌を取るため案内通りに進むようにしたんだけど、こんな道、対向車が来ても離合できないよ~、というような、近所の人しか知らないような道にどんどん入っていく。これは嫌がらせだな。うん、間違いない。ナビ子のやつ、僕があまりにも従わないものだから、遂に実力行使に出たのかな。しかし、なんて人間的なカーナビなんだろう...

...な~んて、そんなことあるわけないよね。よく聞けばナビ子の声はいつもと変わらない声だし、「ヒューマンモード」じゃなくて、「最短距離モード」を選んでいたのでした!でもそういう人間的なカーナビ、あったら結構面白いかもね。


さて、今日の一枚。奈良町を歩いていて、おいしいコーヒーが飲みたくなり、「ボリクコーヒー」ってカフェに入ったときのこと。(あ、ここのモンブラン、最高でした!)トイレに向かう手前の棚に、これ売り物?という感じで積んであるCDの山を見つけた。タイトルは「Coffee & Music – Drip for Smile」。よく見ると、Miyuki Hatakeyama & Ryuhei Koike とある。なんと、今年の2月18日の僕のブログでも紹介した、畠山美由紀の新作のようだ。そのときのコンサートでもギターを弾いていた小池龍平とのデュオアルバムで、カフェ・ミュージックの決定版と書かれている。カフェ・ヴィヴモン・ディモンシュのオーナー堀内隆志氏が企画したアルバムのようで、コーヒーにちなんだ名曲のカバーに加え、書き下ろしの新曲4曲も入っていて、その関係もありこのお店でも売られていたようだ。もちろん迷わず購入したんだけど、残念ながら、これが今日の一枚ではない。(ていうか、実はまだあまり聴いてないのです...でも、いいかんじですよ。)

Coffee & Music - Drip for Smile - / 畠山美由紀、小池龍平
Coffee & Music - Drip for Smile - / 畠山美由紀、小池龍平


今日の一枚はこちら。そのコンサートでもピアノを弾いていた中島ノブユキが昨年リリースしたアルバム「フクモリ pianona」にしよう。

フクモリ pianona / 中島ノブユキ
フクモリ pianona / 中島ノブユキ


“フクモリ”は、東京の東神田にあるカフェ兼定食屋の名前で、“pianona”は、そのお店で中島氏が毎月行っているマンスリーライブの名前だ。このお店、行ったことは無いが、どう見ても本来はライブをやるようなお店では無さそうで、普通のカフェ兼定食屋という感じだ。インナーブックによれば、そのお店にスタッフの一人が骨董品のようなアップライトピアノを持ってきて置いていたのだが、それを恐らく常連さんだった中島氏があるときポロポロンと弾いたことからこのライブは始まったのではないか、と思われる。

あまり広くないお店のようなので、本当にファミリーコンサートのような感じで、気のあった仲間たちを呼んできては、常連さんとマンスリーライブを楽しんでいるのだろう。このアルバムは、”fragmentⅠ~Ⅴ”という5曲の中島ノブユキのピアノソロの合間に、そのマンスリーライブで競演してきたミュージシャン仲間との演奏を入れ、恐らく実際のコンサート形式のアルバムになっている。(演奏は、全てスタジオ録音ですが。)曲もかつてお店で演奏したものなのかもしれない。

それらの音楽は、実に幅広いジャンルのものだが、5曲ある”fragment”は心の芯の部分にぴりぴり響く静かなピアノソロであり、その間に挟まれた他の曲も中島氏のピアノで締めているので、全体を取り巻く感覚には統一感があり、彼そのもののセンシティブな世界を全編から感じることができる。

森俊之のボーカルと石井マサユキのギターをフィーチャーした”Thinking of You”では、シスタースレッジのパンチの利いたこの曲をしっとりとアレンジして聴かせ、バンドネオン奏者・北村聡と奏でるピアソラの”Oblivion”では、ピアノとバンドネオンだけで実に静謐な世界を紡ぎだす。さらに女性コーラスグループ・CANTUSとのオリジナル曲”Kyrie”では、意表をつくグレゴリアン・チャント風の荘厳な世界を作り上げている。

  Link:  Oblivion / Astor Piazzolla
      (このアルバムの演奏はなかったので、ピアソラの原曲をどうぞ)

その中で一段と耳を引くのが、ELTの持田香織が中島ノブユキのピアノ一本で歌う、”Pocket”だ。こんなことを言っては何だけど、原曲よりもずっと心に響く演奏に仕上がっている。そしてアルバムの最後は、武田カオリのボーカルをフィーチャーした”What a Wonderful World”。5人の演奏になっているがドラムスがいない。小さなカフェでのミニ・ライブ想定なので、全編を通してドラムスが入っていないのだ。このことも全体を通じた静かで抑制された世界の大きな要素なのだろう。

  Link:  Pocket / 持田香織
      (残念ながら、原曲しかありませんでした。聴きたい人はアルバムをぜひ。)

  Link:  What a Wonderful World/ 中島ノブユキ feat.武田カオリ

このバリエーションやゆったり感。静かに響く感じが、カフェミュージックにはふさわしい気がするってことで、奈良町のカフェにつなげて終わりたいところだけど、思い出すと奈良町で入ったお店は、かなりな確率で音楽が流れていなかった気がする。確かに最近の小さなカフェでは音楽の無い静かな店が多い。お仕着せのBGMは流行らないのかもしれない。今や自分好みの音楽をどんな場所にでも連れて行けるのだから。

そういうことを考えれば、カフェミュージックの定義は、もう既に、カフェに行くときに自ら忍ばせておきたい音楽、なんてことになっているのかも知れないな。それはそれで、ちょっと寂しい気もするけど。



<おまけ>

実際のフクモリでのマンスリーライブの様子がいくつかアップされているのを見つけました。行ってみたいな~。

  Link:  2012年5月のフクモリ pianona - 中島ノブユキピアノソロ
  Link:  2011年7月のフクモリ pianona - 中島ノブユキピアノソロ


奈良町1 奈良町2
奈良町3 奈良町4
奈良町5 奈良町6
奈良町7 奈良町8


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大地に海に響く歌声

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このコンサートには絶対行かなきゃ。なにがなんでも行かなきゃ。そう思っていた。

開催はラッキーなことに金曜日。緊急を要する案件さえなければ、何とかなるだろう。そう踏んで、今月に入って周りにはジャブ打ちを始めた。「17日は夕方消えるのでよろしく。」

そして昨日、2月17日、夜7時。僕は大阪心斎橋、アメリカ村のライブスペース、“BIG CAT”の客席に座っていた。僕の手持ちのCDでしっかり予習をしていた俄かファンのうちの奥さんも隣にいる。開演時間を10分ほど過ぎて、ようやく照明が落ち始めた。

畠山美由紀の音楽に初めて触れたのは、10年くらい前だろうか。Soul Bossa Trioをはじめ、様々なユニットで活動していた彼女が、ソロとして出した最初のアルバムにたまたま出会い購入した時からだ。それは静かな始まりだった。

それ以降、特に意識したわけでもないのだが、新しいアルバムが出るたびに入手して聴いてきた。そして何故か、全く別の流れで新しく聴き始めた音楽の中でも、彼女がゲストボーカルで参加しているものに多数行き当たる。少しずつ僕自身の音楽の方向が収斂されていくように感じるその束の中に、彼女の声は常に存在していた。

「シンガーソングライター・畠山美由紀」と言われても、どうもピンと来ない。もちろん彼女の作る音楽は詞も曲も素晴らしいし、彼女の雰囲気にフィットしている。しかし畠山美由紀を思うとき、僕は「歌い手」という言葉を思い浮かべてしまう。それは彼女が自分の作る音楽と同様に、いわゆる「スタンダード」になっている様々な楽曲に、常に愛情と執着を持って取り組み、自分の音楽として聴衆にその思いを伝えようとしていること。そして、今もソロ活動だけではなく、様々なユニットで、あるいは他のアーティストの作品の中で、パフォーマーとしての役割を十二分に果たしていることも影響しているのだろう。どんな曲も彼女の手にかかれば「畠山美由紀の音楽」になってしまう。彼女は歌が好きなんだな、そう納得してしまう。

その声は、包容力があって温かく、僕がアルバムを買い続けるミュージシャンの中では、めずらしく極めてノーマルだ。音域的には中域から低域にかけて安定感があり魅力的、ちょっとカレン・カーペンターを彷彿とさせるところもある。その中に彼女独特の節回し、抑揚があり、英語の歌を好んで歌う彼女だが、何故かその印象は「少し昭和的」...なんて思ってしまうのは僕だけだろうか。

そして、いつも感じていたのは、「この人は、恐らくライブの人なんだろうな」ということだった。CDは素晴らしいのだが、ライブではその魅力が出てこない人もいる。反対に、CDで聴く以上に、ライブで聴いたとき、直に伝わる表現力に圧倒されてしまう人もいる。彼女の音楽を生で聴いてみたい、それはずっと思い続けてきたことだった。

昨年末、最新アルバム「わが美しき故郷よ」を購入した。それまでのアルバムと少し雰囲気が違うこのアルバムを聴き、その中に入っていたコンサートツアーの案内を見て、冒頭の思いとなる。ツアーメンバーは、ピアノにあの中島ノブユキ!ギターが小池龍平、ドラムスが栗原務。一度生で聴いてみたいと思っていた人達ばかりだ。しかしそれは副産物に過ぎない。やはり、僕はこのコンサートで、昨年3月11日の大震災で大きな被害を受けた彼女の故郷・宮城県気仙沼をはじめ、被災地各地で歌い続けた彼女の思いや、その影響を感じる音楽を直接体感したかったのだ。

わが美しき故郷よ / 畠山美由紀
わが美しき故郷よ / 畠山美由紀


始まるまでは、このコンサートの色合いを推し量りかねた。アルバムには、タイトルの「わが美しき故郷よ」と題する7分を超える朗読がある。その後、それに続く同タイトルの楽曲。やはりこの二つのインパクトが強く、そこには、震災をきっかけにして引き出された、彼女自身の故郷に対する視点の変化と思いが詰まっている。そういった基調のしんみりとしたコンサート、なんてこともありうる。しかし一方でソロ10周年という節目を迎えた彼女の、音楽に向かう新たな思いを見るアルバムでもあるのだ。そこには自ずと躍動するものがある。

コンサートはピアノの幻想的な演奏と、ギター、ドラムスの発する効果音ではじまった。中島ノブユキの、かすめるようなタッチで微かな響きだけをすくい上げる演奏は、まだ暗いステージ上、いくつかのライトが導く光の筋の中、あたかも朝もやのかかった森にわずかに差し込む光の情景を表現しているかのように響いた。え?YAMAHAのコンサートグランドでこんな音出せるんだっけ、と思ってしまうような何ともいえない硬質で軽やかな音が発せられ、直線的で澄んだ余韻が広がる。それが導入となり、アルバムと同様、楽曲「その町の名前は」でしっとりと幕を開けた。

しかしその後のメンバー紹介を経て突き進む世界は、明るくて楽しい雰囲気、アップテンポで軽快。うん、いい感じ。バックメンバーを交えた、曲の合間の会話も楽しいものだったが、その中でひときわ面白かったのは中島氏の語るエピソードだった。生真面目で面白い人なんだな、その飄々とした雰囲気のどこから、あの感覚の研ぎ澄まされたピアノの演奏が湧き上がってくるんだろう、なんて思ってしまった。

中盤、少し唐突という感じで、畠山美由紀が大きめの冊子を手にしながら震災の話に入っていった。もちろん「わが美しき故郷よ」の朗読のコーナーに入るのだ。そこで話されるエピソードは、地元の友人たちの話や被災地のコンサートの話だったが、必要以上に感傷的にはならず、むしろその現場で彼女の目に映り、彼女が感じた故郷の素晴らしさを明るく伝えてくれた。恐らく彼女の思いはその朗読や音楽の中に全て詰まっている、だから言葉にそれ以上の感傷はいらない、そういうことなんだな、と思った。

  Link:  畠山美由紀 「わが美しき故郷よ~朗読~」 (少し音が悪いですが)
  Link:  畠山美由紀 「わが美しき故郷よ」(2011.11.17 LIVE "Fragile" ver.) PV

被災地のコンサートでも歌ってきたんだろうな、と思わせる楽曲たち。その中に含まれるいくつかのスタンダードとも言える曲、力強さを感じるアップテンポナンバー。彼女の声には、包み込まれるようなおおらかさがある。それは気仙沼の自然の中で培われたものだ。その声は大地の声であり海の声なのだ。その豊潤な表現と声に包まれて、僕たちは音楽の素晴らしさ、楽しさ、力強さを得る。幅広い年代の人達でいっぱいになった会場。その誰もが寒さの増した外の様子を忘れ、やさしくホットになれるコンサートだった。

ちなみにロビーでは、気仙沼で被災された人達が作ったジャムや、救援のための募金箱に並んで、コンサート会場でしか入手できないライブCDが売っていて、迷わず購入し、終演後サインをいただいた。その声質や映像からは大柄な人を想像していたが、実際の畠山さんは、小柄で素敵な人。わずかに交わした会話と共に握手していただいた手は、とても小さくてあたたかかった。

明日が岡山。23日が最終日で東京とのこと。彼女の声はまた明日も、時空を越えてその大地に海に響くことだろう。

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道央の旅 (3) 「こぼれ話いろいろ」

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◎ おいしくも残念な 「ガタタンラーメン」

富良野や美瑛なら旭川空港からが近いのだが、予約時点で既に満席だったこともあり、便数も多い新千歳空港から入った。到着後レンタカーの手続きで出発は昼前。それでも2時間弱で、富良野まで行けるだろうと思っていたが...いやー、思ったより遠い。高速を走り最寄のインターで降りるも、そこからもなかなか着かない。カーナビの到着予測時刻は3時を大きく越えている。空腹を感じ始めたが、当のおなかは、富良野の美味しいもの...例えばチーズとかお肉とか、ワインも?...への期待で満ち溢れている。

午後2時頃、芦別の「道の駅」に差し掛かった。ずっと休憩をとっていなかったので立ち寄ると、目に入ったのが「芦別名物・ガタタンラーメン」の看板。このまま富良野まで行っても、食事できるのは夕方だ。うーん、夜はもっと美味しいものを食べたいよねー!ということで、ここで軽くお昼を食べて夜に備えようと話はまとまった。

もちろん食べたのは一押しの「ガタタンラーメン」だ。とろみのついたスープのかかったラーメンで、エビやホタテなど、新鮮な食材もたくさん入っていて、とても美味しいのだが...既に「富良野腹」になっていた僕たちは、少し納得いかない気分で、二人して「おいしいんだけどねー...ズルズル...残念だよねー。」とつぶやきながら、北海道で最初の残念な食事を言葉少なに摂取したのでした!

実はこれで終わらない。帰りも同じシチュエーションで小樽まで急ぐ中、昼頃ここに差し掛かった。またまた休憩で立ち寄ったが、僕が冗談で「昼はガタタンにするかな?」というと、「えー?いや!」と即答。そりゃそうだよねー。ということで、この日はトイレだけ済ませてスピードアップで小樽まで。2時過ぎにはむちゃくちゃ美味しいお寿司にありつけたのでした!(ちなみに、夜は札幌にある日本初のビール工場だった開拓使麦酒醸造所跡地にある「サッポロファクトリー」のビアケラーで、これまたむちゃくちゃおいしいビールを飲んだことは...言うまでもない。)

しかし、この芦別の道の駅。お昼に絶妙のシチュエーションだ。あー、今までどれだけの人が、このガタタンの魔の手に落ちたことか...(涙)

道央3-図1 道央3-図2


◎ Soh’s Barで熊出没?

前々回書いた喫茶店「森の時計」から、さらに2分ほど森の奥に入っていくと、「Soh’s Bar」 という石造りのバーがある。倉本聰がプロデュースしたバーで、入り口の看板にもある 「For miserable smokers」、すなわち「哀れな愛煙家のための」隠れ家的バーなのだ。愛煙家・倉本聰らしく、葉巻も各種そろえ、禁煙席は一切ないバーとのことだが、モクモクして困るということはないらしい。ノン・スモーカーの僕でも大丈夫なようだ。

2日目の夜、「森の時計」を出た後、よーし、飲みにいこうぜぃ、と真っ暗な森をズンズン入って行った。すると...あかりがぽつんと灯り、ロープが張られて行き止まりになっている。そこに看板が。お~、熊!熊が出るんだって!撤収~!ということで、一旦部屋に戻り、フロントに連絡をして、なんと贅沢にも送り迎え付きと相成った。いやー、いい雰囲気でしたよー。しかし...熊って...

道央3-図3 道央3-図4
道央3-図5 道央3-図6



◎ 風のガーデン

富良野のホテルの敷地内に、これも倉本聰の2008年のドラマ「風のガーデン」の撮影のために2年をかけて造成された英国式ガーデンがある。それが再び整備され、今ちょうど公開されているということで、小樽に向けて出発の日、出発時間を遅らせて行ってみた。

このドラマも、録画してもらい観たのだが、色々な意味でいたたまれなくなるドラマで、敢えて一歩引いて観ていた気がする。公開の直前に緒方拳が亡くなり遺作となったのだが、その演技がかなり無理をしているように見え、痛々しかったことが一因だったのかもしれない。その役どころが、末期がんで亡くなる息子を、最後は家族として看取る富良野の訪問医の役。このドラマもやはり、父と息子の確執と和解がテーマで、もう一つのテーマが緩和医療である。倉本聰は恐らく知っていたのだと思うが、現実にガンに蝕まれていた緒方を、このテーマの中、温かな目で死に向き合いながら生かし続ける、という、彼なりの激励のシナリオだったのだろう。

しかし、いたたまれなかった主因は恐らく別のところにある。主役の麻酔医を中井貴一が演じているが、僕もピッタリ当てはまる「ふぞろい」世代なので、彼ががんに侵され終幕を迎える姿は、どうしても身につまされた。さらにその立場上の様々な問題、そしてなんと「チェロを弾く」ところまで、見ているとどんどん自分に重ねてしまって、感情移入するのがこわくもあり、一歩引いていたように思う。人が最後に戻るべき場所。潔い部分と潔く行かない部分。それらの表現と示唆が、これだけ引いて観ていてもズンズンと胸に迫ってきて困った。

それにしても素晴らしい庭だった。手入れも行き届いている。ドラマで出てきた建物や家具もそのままだし、ドラマよりもさらに臨場感があり、庭園の素晴らしさを実感できた。

帰るとき、入り口のショップにあったシナリオ本に目が止まった。最後まで上滑りしてしまったこのドラマを、今度はシナリオでしっかり読んでみたい。そう思い、一緒にあったサウンドトラックのCDとともに購入。音楽の方は、「優しい時間」の音楽とともに、この旅を大いに盛り上げてくれた。いま、僕の本棚の最前列にこの本は立てられている。

    Link:  主題歌: ノクターン / 平原綾香

道央3-図7 道央3-図8
道央3-図9 道央3-図10

風のガーデン / オリジナルサウンドトラック
風のガーデン / オリジナルサウンドトラック


風のガーデン / 倉本 聰
風のガーデン / 倉本 聰



<おまけ>
お土産に買って帰った「じゃがポックル」。これおいしい!仕事場でも賞賛の嵐でした。ぜひ!

道央③-図11



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道央の旅 (1) 「森の時計」

Posted by Jerrio on   0 comments   0 trackback

8月も残すところ数日となった。子供の頃だと手付かずの宿題の山を前に途方にくれている時期だ。今年の夏季休暇はお盆に重なる1週間余りだったが、前半は愛媛の実家に車で帰省、後半“初めての”北海道旅行へと、西へ北へ慌しい日々を過ごした。

北海道に行こうと思いたったとき、まず頭に浮かんだのは富良野だった。たまたまその少し前に、かつてDVDに録画してまで観た、2005年の倉本聰のドラマ「優しい時間」をひょんなことから思い出し、その舞台でもあった道央地域に行ってみたいと強く思ったのだ。

多くの人が、富良野といえば「北の国から」を強烈に思い浮かべるのだろうが、僕の場合それはあまり強くない。実家を出た18歳の時から結婚するまでの8年間、敢えてテレビの無い生活をしていたので、この番組のピークの頃の映像はほとんど見ていないからだ。その頃の記憶として富良野を思い浮かべるのは、就職したばかりの頃、当時の彼女からもらった富良野土産の木箱に入ったラベンダーポプリくらいである。(「当時の彼女」とは今の奥さんなので、彼女にとっては富良野は初めてではないわけで...悔しいな~。)

「優しい時間」では、ひとり息子の起こした交通事故により、同乗していた妻を亡くした商社マンが、生き残った息子とのわだかまりを払拭できないまま、仕事を辞め、一人、妻の故郷の富良野で、彼女の夢だった喫茶店「森の時計」を開く。事の子細を知っていた亡き妻の親友は、こっそり息子を呼び寄せ、隣町の美瑛にある窯元に住み込みで就職させる。不慮の事故で妻を亡くした父と、母を自らの不注意で失った息子の、和解に至る物語。その頑なな心を氷解させたものは、そこを訪れる人々との何気ない交流と、雪に囲まれた静かな店内で夜毎交わされる妻の魂との会話だった。

  Link:  優しい時間~タイトルバック

この喫茶店は、コーヒーを注文したお客さんに、ミルと豆を渡し、自分の手で挽いてもらって、まずその香りを楽しんでもらうという、個人的にはとても魅力的な喫茶店として描かれている。この店が、ロケ終了後、実際にそのままの形で営業されているという話は、かつて何かで読んで知っていた。よし!この喫茶店に絶対訪れて、あのカウンターに座ってゴリゴリと豆を挽き、ゆっくりコーヒーを楽しんでくる!このささやかだけど強い思いを中心に置いたことで、厳しい日程の中でもくじけることなく、なんとか今回の旅を実現することができた。

思い立ったのは7月末。少し遅れたけれど、二人だけなので何とかなるだろうと、一気に話を進めた。フライトはかろうじて押さえられたが、既に満席に近く、確保できる便が限られていて、行きは18日の朝、帰りが21日午前中の便になってしまった。翌日から仕事だが仕方が無い。レンタカーも申し込み、最後は宿。調べてみると、その喫茶店は新富良野プリンスホテルの敷地内の森の中にあるとのこと。幸い部屋も確保できた。最初の2泊をそこで。最終日は翌朝のフライトを考えて札幌に宿をとった。

訪れたのは、2日目の夕刻。「森の時計」はホテルの前に広がるニングルの森(ニングルとはアイヌ伝説にある森の妖精/こびとのこと)を5分ほど入っていったところにある。その手前には、ニングルの集落に見立てたニングルテラスがあり、たくさんのログキャビンが小道でつながっていて、一つ一つは様々なクラフトショップや工房になっている。光が美しいその小道を抜けて、待望の「森の時計」はもう直ぐそこだ。歩いていくと暗い森の中に、頼りなく灯る明かりが徐々に広がり、静かにたたずむ見覚えのある入り口が浮かび上がってくる。

道央1-図1 道央1-図2

ドアを開けると、静かな表の印象と違い、入り口の椅子に数名の人が待機するにぎやかな状況。直ぐにお店の人が人数確認と、テーブル席か、カウンター席かを聞きにくる。ミルで豆を挽いてコーヒーが飲めるのはカウンター席だけとのこと。全9席。迷わずそちらをお願いした。テーブル席は一つあいていたので、待っている人たちは皆、「ミルでゴリゴリ」を狙っているのだろう。20分ほど待って、ようやく席につくことができた。

窓の向こう側は「優しい時間」の時のような雪景色ではもちろんない。しかし、その前のカウンター内の様子は、ほとんどドラマのままだ。窓際にはたくさんのミルが並べられていて、ドラマと同じように、ネル・ドリップ式で布製のフィルターに一組分ずつ丁寧に丁寧にお湯が注がれ、“薫り高き珈琲”が生み出されていく。

少したって僕たちの前にもミルとコーヒー豆が置かれた。早速ミルに豆を入れ、ゆっくりゴリゴリやる。学生時代、友人Kの部屋を訪ねると、必ずミルで豆を挽いてコーヒーをいれてくれた。「ゆっくり気持ちを込めて挽けば、それだけおいしいコーヒーになる。」という彼の言葉に共感し、僕もしばらくは手動のミルを使ったものだ。(今は堕落して電動式ですが...)

挽き終わると専用のボウルに移され、淹れ始めるまでの間、「香りを楽しんでください」と手渡される。少し揺すると、なんともいえない芳醇な香りが立ちのぼり、鼻腔につんと広がる。コーヒーは香りを楽しむものだ、ということを実感できる瞬間だ。

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その後、淹れられたコーヒーをゆっくり楽しみながら、カウンター内の様子を眺めているとき、窓際のミルに混じって、ドラマの中で息子が初めて作陶したコーヒーカップとして印象的に登場する、独特な文様のカップが大小2客、置かれていることに気付く。皆空窯(かいくうがま)の作品。ドラマの中で息子が働いていた窯元は、実在していた。

実はその日の昼間、美瑛を色々巡る中、「青い池」という場所を探している最中に、この皆空窯の看板が目に入った。もともとうちの奥さんが訪ねてみたいと言っていたものを、僕が却下していたのだが、これも何かの縁と、急遽訪ねることにした。看板の案内のとおり、山道を脇に入ると右手にそれらしい建物が見える。駐車スペースもほとんど無いが、「ギャラリー」とあるので、誰かいるだろうと中に入ってみた。右手の作業場のある方は入れなくなっているが、確かに見覚えのある光景だ。ギャラリーに入ると、通路や壁に様々な作品が並び、その奥でご主人が迎えてくれた。陶芸のことはよくわからないが、備前にも通じるような落ち着いた色合い、雰囲気の作品がたくさん並んでいて、その中でひときわ目立つ見覚えのあるコーヒーカップがあった。やっぱりこれかな、と手にとって、そのしっくり馴染む感じに満足し大小2客を購入したのだった。

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正面の席に座っていた僕たちの位置は、全体を見渡せる絶好のポジション。カウンターの内と外で繰り広げられるゆったりとした動作の流れ。それは確かにどこかほっとする“優しい時間”だった。

そんなカウンター席には、僕たちの考える“特別な席”がひとつある。ドラマの中、カウンター内の夫と会話する妻の座る、最も左側の席だ。先客がいたが、先に席を立ったので、入れ替えのわずかな時間、チャンスが巡ってきた。そーっと行って、パチリ! ということで、迷惑客になりきってしまいました~!

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最後に「優しい時間」の音楽について語ろう。平原綾香の歌う主題曲「明日」は、あまりにこのドラマにマッチしている。しかし、この曲はこのドラマのために作られた曲ではない。平原綾香の2枚目のシングルとして紹介されていた番組を倉本聰がたまたま目にして、構想中のドラマに使いたいと打診したものだった。

    Link:  明日 / 平原綾香(スタジオバージョン)

カナダ出身のニュー・エイジ系の作曲家、アンドレ・ギャニオンによるおだやかな楽曲。ハープとコントラバスという意表をつく編成。このコントラバスによる間奏がまたいい。チェロだとこの雰囲気は出ないだろう。ハープの暖かで柔らかな伴奏に、野太くも、まろやかに燻されたコントラバスのメロディーが乗る。映像の生み出す雰囲気とこの音楽のマッチングは、「優しい時間」のイメージをぐっと押し上げている。僕はこの曲は彼女のベスト盤でよく聴くのだが、この旅行で、さらに思い入れを深くした。時に気がつけば口ずさみ、頭の中にも住み着いてしまいそうな魅力的な音楽だ。

Jupiter~平原綾香ベスト / 平原綾香
Jupiter ~ 平原綾香ベスト / 平原綾香


今回、ニングルテラスにある店で、「優しい時間」のサウンドトラック盤が販売されていたので思わず買ってしまった。このアルバムはインストゥルメンタルのみで歌は入っていないが、ドラマで挿入されたオーケストラでの音楽が目いっぱい詰まっている。もちろん、“明日“のオーケストラバージョンもある。早速このアルバムを、旅行の間中、車で流し続けたが、道央の美しく開放的な風景としっかり馴染み、穏やかな気持ちで運転することができた。「優しい時間」の音楽は、その土俵を一歩踏み越えて、僕たちの道央の旅のサウンドトラックになった。今このアルバムを聴けば、今回の旅行の鮮やかな場面を次々と手繰ることができるのだ。あ~、音楽って!やっぱり素晴らしい!

ドラマ「優しい時間」オリジナル・サウンドトラック
ドラマ「優しい時間」オリジナル・サウンドトラック



<追記>

夜だけじゃなく、明るい時間の「森の時計」も見たくて、翌日の午前中、小樽・札幌方面に発つ前にもう一度行ってきました。今度はテーブル席で、コーヒーをいただきながら、その日の予定を確認。夜も昼も同じように優しい時間が流れていました...

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